BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


51


 扉を開けて外に出た途端、強風が顔に吹き付けてくる。
 思わず目を瞑った若菜だったが、風は一瞬にして過ぎ去って行った。
 開いた視界に映し出されたのは、何の変哲もない屋上の風景である。
「クッソー! あの野郎、何処行きやがったんだよ!」
 顔を顰めたまま、屋上の中心辺りまで歩を進めてみる。
 その場で立ち止まり、周囲を見回してみるが、誰かがいる気配は全くなかった。
 襲撃に失敗し逃亡した麻由美を追って駆け出したは良いものの、結局逃げ切られてしまった。
 その後、散々各所を探し回っているのだが、一向に見つかる気配はない。
 完全に巻かれた事を理解してから、一度元の場所に戻ってもみたのだが、そこには既に一緒に行動していた義人の姿はなかった。
 義人は何処に行ったのだろう。これまでの短い付き合いで知った性格から考えると、自分を置いて病院を後にするとは思えないが。
 あの場には菊池と唯もいたし、三人で何処かに身を潜めているのかもしれない。
 クラスの不良代表とも言える菊池と、どちらかと言えば地味な感じのする唯が一緒にいた理由は分からないが、あの様子から察するに仲間であったと考えていいだろう。
 そして、唯と麻由美は友達だったはずだ。だが、事実、麻由美は唯を殺そうとした。
 あの時、二人はどんな気持ちだったのだろう。
 もし、夕子が自分を殺そうとしたら、自分はどうするだろうか。
 考えてみようとしたが分かるはずもない。
 夕子が自分を殺すところなど想像する事も出来ない。
 優しい微笑で自分を見つめる夕子の顔が頭に浮かぶ。
 いつだって優しく自分を見守ってくれる夕子。今だって、きっと自分を探しているに違いない。
 早く会いに行かなければ。
 誰より優しい夕子の事だ。自分を犠牲にして誰かを生かそうとしてしまうかもしれない。
 無意識に、若菜はため息を吐いた。
 そうして目の前に広がる山々に目を向ける。
 かなり遠くまで見通す事が出来るが、それでも視界は全て緑に覆われていた。それがこの島の広さを物語っている。
 夕子はどこにいるのだろうか。
 一瞬、嫌な予感が頭の片隅を過ぎる。もう会えないかもしれないという予感。
 否定するように頭を振って、若菜は目の前に広がる空を睨んだ。
 大丈夫。生きていれば必ず会える。
 ”会えないわけがねえ……!”
「よしっ」
 自分に喝を入れるように呟き、若菜は両拳を握り締める。
 今は自分がやるべき事をする。
 それを繰り返して行った先で、きっと夕子にも鈴子達にも出会えるはずだ。
 心の中で頷き、若菜は振り返って歩き出した。
 
 屋上への扉を閉め、階段を下りきった所で一旦、立ち止まる。
 周囲を見回したが、相変わらず人の姿は窺えなかった。
 現在地は四階だったが、こちらは最初に入ってきた棟ではなく、もう一方の方の棟である。
 両棟の二階部分で内通していて、若菜もそこからこちら側へとやって来たのだ。
 この階は、あちら側の二階とほぼ同じような作りになっていて、病室以外に何もない事は先程確認済みである。
 それでも新たに誰かが来ていないか確認の為、病室を見て回る事にした。
 それにしても、麻由美はどこへ逃げたのだろうか。
 ひょっとしたら、もう院内にはいないのかもしれない。
 武器も義人に奪われていたし、既に戦意喪失して逃げてしまったとも考えられる。
 もう一人。省吾の事も気にかかった。
 明らかにやる気だった省吾。こちらは麻由美とは違い、そう簡単に諦めるとは思えない。
 関口と共に消えてしまったが、まだ院内にいるのだろうか。 
 ───木内はくたばっただろうがな。
 ふいに省吾の告げた言葉が頭の中に浮かんだ。
 絵里は本当に死んでしまったのだろうか。
 生きていると信じたいが。
 若菜自身まだ誰の死体も見ていない。だからこそ、信じられなかった。
 もう既に四人もの人間が死んでしまっているという事を。
 例え、それが事実だったとしても恐怖に負けてなんていられない。
 必ず、この現実に打ち勝ってみせる。
 四階の全ての病室を再確認したところで、再び足を止めた。
 遠くで足音が聞こえる。
 階段の方からだった。
 緊張が心臓の鼓動に変わる。
 下ろした手を一度、ギュっと握り締め、階段の方へと歩を進めようとして足を止めた。
 若菜の視線の先。
 丁度、曲がり角の所に人の姿がある。
 向こうも一瞬、立ち止まったようだが、若菜の姿を見とめると、口端に笑みを浮かべてこちらへと近付いて来た。
 やる気かどうかは分からなかった。
 ただ、その手に武器らしき物は握られていない。
「よう」
 手を伸ばせば届く程の距離まで来て立ち止まると、柴隆人は笑みを浮かべたまま右手を挙げた。
「柴……」
「物騒な表情してるな、山口。誰かに襲われでもしたか?」
 隆人は相変わらず笑みを浮かべている。
「てめえは余裕ってやつか」
「そうでもないんだがな」
 隆人がどういう人間なのかは分からなかった。今までほとんど話した事もない。だが、一つだけ知っている事があった。
「真島に会った。あいつ、お前と田中を探してる」
「そうか。どこで裕太に会った?」
 もう少し反応があるかと思っていたのだが、隆人の表情は余り変わらなかった。
「ここと同じE−5の森の中でだ。5時に崖の近くのログハウスで待ち合わせしてたんだけど」
「丁度、禁止エリアになっちまう、か」
 後を引き継ぐように隆人が告げる。
「ああ。仕方ねえから、病院に誰かいないか調べてから、一度行ってみようって思ってたんだけど……」
「やる気の奴が病院にいたってところか。二階の窓を吹き飛ばしたのは?」
「窓?」
 何の事を言っているのか分からず、思わず聞き返してしまう。
「知らないなら、いいさ。ところで、ここには一人で来たのか?」
「え? いや、天野と一緒だったんだけど……」
「逸れた、か。他に誰がここに来てるか分かるか?」
 隆人は次々に質問を口にしてくる。
 矢継ぎ早に続く質問には、若菜が口を挟む隙もない。
「え、えーっと、菊池と手塚と関口。それから工藤と小柴」
「ヤンキーと女か」
 呟いた隆人は、いつの間にか真顔になっている。
「お前は? いつ病院に来たんだよ? 一人なのか?」
 ようやく隆人からの質問が終わったらしい事が分かると、若菜は早速口を開いた。
「それを聞いてどうする?」
「え? どういう意味だよ、それ?」
「情報を引き出して用済みになったお前を、俺が殺すつもりだったらどうするんだ?」
「て、てめえ!」 
 瞬時に後ろに向かって飛ぶと、姿勢を低くして身構えた。
 隆人は変わらず悠然と目の前に立っていたが、ふと若菜から視線を外した。
 それから一呼吸置いて、再び口端に笑みを浮かべる。
「冗談だ。悪かったな」
 右手を挙げて、隆人が謝罪の意を示す。
「じ、冗談だぁ?」
「ああ、悪かったよ」
「ふ、ふざっけんじゃねえーーっ!」
 激昂すると同時に床を蹴った。
 握り締めた右拳を思い切り、隆人に向けて突き出す。だが、軽く流すように身をかわされてしまった。
 その若菜の右肩を隆人の手が掴む。
「相手を間違えるな」
「あぁ?」
 反発するように声を上げたが、いきなり体を逆方向の階段側へと向けさせられた。
「向こうを見ろ。あいつはやる気か? 一度、会ってるお前なら知ってるだろう?」
 隆人が耳元で言う。 
 その視線の先。
「あーっ! 工藤、てめえ!」
 それが麻由美であると認識した瞬間に叫んでいた。同時に隆人の手から離れ駆け出す。
 気付いた麻由美が身を翻して駆け出した。
 やはり、もう武器は持っていないのだろう。
「逃げてんじゃねえぞ、コラァーーっ!」
 走りながら叫びを上げるも、麻由美は振り向きもしない。
 曲がり角を曲がり、階段を下りていく。
 自分が追って来ている事に気付いているのだろう。麻由美は全く速度を落とさず走っている。
 そうこうしている内に、次第に差が付き始めてきた。
 さすがは陸上部と言ったところか、麻由美の背中を追うので精一杯だ。しかも、こちらは息も上がっている。 
「ち……ちっきしょー! 負けっかー!」
 叫んでみたが、それで速く走れるようになるわけもなく、麻由美との距離は一向に縮まらない。どころか離されていく一方である。
 追いつけないかもしれない。一瞬、そう思った。
 全く速度を落とさず走っていた麻由美が急停止したのは、その直後の事である。
 脳内に疑問符が浮かぶ。次の瞬間には麻由美が踵を返して、こちらへと駆けてきた。 
 一瞬、麻由美と視線がぶつかる。その更に向こう側。
 拳銃を構えた省吾の姿があった。
「こ、小柴!?」
 若菜が声を上げるのと、麻由美が脇を走り去るのが同時だった。
「死ねよ、オラァーーっ!」
 省吾が叫ぶ。その両手に握られているのは、紛れもない拳銃である。
 全身が緊張に包まれる。
 一歩、後ろに後退した。
 無意識に目を閉じそうになる。次の瞬間、悲鳴が上がった。
 呆然とその様子を見ていた若菜の視線の先。
 右手を血塗れにした省吾が、中腰の姿勢で横にいる新たな人物を睨んでいた。
「てめえ……」
 省吾が呟く。
 状況の変化に戸惑いながらも、前に歩み出ようとした若菜の肩を誰かが掴んだ。
「あ、お前……」
 見上げるように振り向いた先には、隆人が先程と同じように悠然と佇んでいた。
「一応、追いかけてはみたが、なるほど。工藤が逃げてくわけだ」
 そう言いながらも、若菜の真後ろに立つ隆人は、その口元に笑みを浮かべている。
「てめえら全員殺してやるよ」
 静かに抑えた声で言い、省吾が銃口を持ち上げる。 
「飢えた獣だな、まるで。そういうのは嫌いじゃねえが」
 隆人が一歩前へと歩み出る。
 省吾がこちらに視線を向けて唾を吐き捨てた。
「おもしれえ。俺に勝てっとでも思ってんのか?」
「強いぜ、俺は」
 血に濡れた右手の先の銃口が、新たに隆人へと向けられる。勿論、もう一人にも充分に注意を向けているようだったが。
 その状態のまま、隆人と省吾は睨み合った。 
 その横で一人静かに佇んでいた人物が、ゆっくりとこちらに瞳を向けた。
 お互い視線を逸らす事なく見つめ合う。 
「また会えて嬉しいわ、山口さん」
 穏やかな微笑で、赤坂有紀はそう告げた。

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