BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


52


 緊張した空気が走っていた。
 肌がヒリヒリするような、そんな感じ。
 短い沈黙の後、最初に口を開いたのは省吾だった。
「てめえは後回しだ、柴。まずは」
 そこまで言って、隣に佇む有紀に目を向ける。
「俺の腕を切り裂いてくれたてめえからだ」
 黙って自分を見つめていた有紀が、省吾へと視線を返す。
「あなたが山口さんを殺そうとするからよ。自業自得だわ」
「そんなこた俺にゃあ関係ねえな。山口もてめえも俺が殺してやんよ」
「てめえなんかに誰が殺されっか! やってみろ、オラァっ!」
 省吾の言葉が聞こえたと同時に、若菜が床を蹴る。だが、その目の前を光る物が横切って、足を止めざるを得なくなった。
 躊躇して立ち止まった若菜へ向けて、有紀が微笑を見せる。
「駄目じゃない、相手を間違えちゃ」
「赤坂……。クソッ、だったら、てめえから───」
 ぶっ飛ばしてやる。そう言おうとしたのだが、最後まで言う前に隆人が若菜を庇うように前へ出た。
「俺をのけ者にするなよ。遊んでやるぜ、小さい柴君」
「死ねよ、てめえ」
 低い声で省吾が告げる。
 もう自分の事も有紀の事も見てはいなかった。
 黒光りする銃口の照準を、ゆっくり隆人へと向ける。
 銃声。
 反射的に目を瞑る。
 開いた時には、既に隆人は元の場所にはいなかった。
 若菜の目の前に、隆人の背中がある。
 それを認識した瞬間、省吾が壁に吹っ飛ばされた。
 どうやら省吾が銃を撃ったのと同時に、隆人が動き何らかの攻撃を仕掛けたようだ。
 何となくその事を認識したものの、一瞬の出来事に呆然としてしまい声も出ない。
 省吾の横にいた有紀も、黙って二人の様子を見つめているようだった。
「足癖が悪くてな」
 そう言って笑った隆人が、壁を背にしゃがみ込んだ省吾へと更に蹴りを入れる。
 二発、蹴りを喰らったところで、省吾が床を転げて壁から離れた。
 そのまますぐに立ち上がると、右手に握ったままだった拳銃をズボンへと押し込み、その口元に笑みを浮かべる。
「気でも触れたか?」
「最高だぜ。お前といい、坂井といい。最近じゃ、実力隠すのが流行ってんのか?」
 そう言って笑みを見せていた省吾の口元が引き攣る。
 いつの間にか省吾に向けて、青光りする刃が向けられていた。
 奇妙な形に湾曲した刀を省吾に向けているのは有紀である。その顔に微笑はない。
「坂井君に会ったのね」
「だったら、何だってんだ?」
 威嚇するように、省吾は有紀を睨み付ける。
「どこで会ったの?」
「坂井なら、ここにいるぜ」
 割り込むようにして隆人が告げる。
 刃の先を省吾に向けたまま、有紀が鋭い視線を隆人に向けた。
「俺と一緒にここに来た」
「そう。それじゃ……」
 隆人に向けていた視線を、こちらへと向ける。
 そうして、また微笑を浮かべた。
「残念だけど、今は邪魔が多すぎるし、また、ね」
 最後にちらりと隆人の方を見ると、踵を返して駆け出して行ってしまった。
 呆然としたままの若菜の耳に、階段を駆け下りて行く有紀の足音が聞こえる。
「あのアマ……」
 階段の方を見据えながら、省吾が呟く。
「赤坂か。あいつもこっち側なのか……」
「え?」
 隆人の呟きに、思わず疑問を返した。
「どういう関係かは知らねえが面白くなりそうだ」
 こちらを見もせずに言う隆人は、相変わらず笑みを浮かべている。そのまま省吾に向けて続けた。
「そろそろ終わらせようか」
 隆人と省吾の視線がぶつかり合う。
 一瞬の静寂。
 それを破ったのは隆人の方からだった。
 若菜が気付いた時には、省吾に向かって蹴りを放っている。
 不意を衝かれた格好となった省吾だったが、間一髪のところで両腕でガードしてみせた。すぐに一歩後退した省吾に向かって、今度は先程とは逆の左足の蹴りが飛んでくる。さすがにこれには反応し切れず、省吾が膝を落とす。だが、隆人の攻撃は止まらない。更に顔面に右足で蹴りを叩き付けたかと思うと、がら空きになった腹の部分に左足を突き刺す。
 堪らず前のめりに倒れ込むのを見届けると、省吾が未だにしっかりと握って離さない拳銃を奪うようにもぎ取った。
「使い方がよく分からねえな」
 そう言いながら、銃口を省吾へと向ける。
「試し撃ちでもしてみるかな」
「柴っ?!」
 思わず声を上げた若菜を、隆人がゆっくりと振り返る。その顔には笑みが浮かんでいた。
「冗談だ。さすがに俺も人殺しなんかにゃなりたくねえからな」
「な、何だよ、おどかすんじゃねえよ」
「わりいな。けど、どうするよ?」
 苦笑気味に言った隆人の視線が、一転真剣なものへと変わる。
 その視線が向けられている先。省吾はまだ倒れ込んだままだ。
「どう……って?」
「こいつの始末に関してだ。野放しにしとくわけにもいかないだろう? そこに隠れてる奴の意見も聞きたいとこだな」
 言い終わると同時に、隆人の右腕が持ち上がる。
 一瞬、目を疑った。
 隆人の持つ銃口が向けられている先。だが、それが自分に向けられたものではない事に気付くと、驚いて後ろを振り返った。
「出て来いよ。誰かさん」
 その言葉に応えるように、廊下の曲がり角の辺りに人影が現れた。
 ゆっくり、こちらへと近付いて来る。
「物騒なもん持ってるな。まあ、お互い様だが」
 降伏を示すように両手を挙げて、こちらへ向かってくるのは関口だった。 
 その左手には隆人が握っている物と同じような拳銃が握られている。
「関口! 無事だったのか、お前!」
「よう。お前も無事みたいだな。けど……」
 そこで一旦、言葉を区切ると、自分に向けていた視線を移動させる。
「妙な奴と一緒にいるな。天野とは別れたのか?」
「はぐれちまったんだよ」
「そうか。予想はしてたが、この馬鹿以外にも乗ってる奴がいるみたいだな」
 倒れている省吾へ、ちらりと目を向けた関口が一瞬、顔を顰める。
 友人が殺し合いに乗っているという事実を前にした、関口の気持ちは分からない。
「いつから、あそこにいた?」
 床に倒れている省吾に目を落としていた関口に、隆人が問いかける。
「ついさっきさ。省吾とお前がやり合ってた」
「小柴が勝ってたら、どうしてた?」
「さあな。俺は直感で動くタイプでね」
「逆のような気がするがな」
 視線を交わす二人の間に緊張が走る。だが、すぐに関口が口端に笑みを作った。
「気のせいだろ」
「ならいいさ」
 真顔のまま隆人は、関口に向けていた目を省吾へと移動させた。
「それで、こいつの始末に関してだがな」
「俺に決めろってか?」
 薄い笑みで関口が問いかける。
「ダチだったんだろう?」
 その言葉に関口は小さく笑みを見せると、倒れたままの省吾の腹を蹴り飛ばした。
 衝撃によって覚醒したのか、省吾が小さく呻きを上げる。
「起きたか?」
 床に両手を着き、這いつくばるような姿勢のまま省吾が目を上げる。
「関口……」
「ちょっと見ない間に随分ボロクソになったもんだな」
 ポケットから煙草の箱を取り出しながら関口が続ける。
「菊池に会う前に終わっちまうか?」
「……ろして、やる」
 息も絶え絶えと言った感じで省吾が呟く。
 聞き取れなかったが、恐らくは殺してやると言ったのだろう。
「立てよ、省吾」
 関口が言ったのと同時に、ゆっくりと省吾が立ち上がる。
 その様子を見ながら、関口が咥えた煙草に火を点けた。
「余裕のつもりか? 関口よぉ」
 煙を吐く関口は、ただ黙って省吾を見ているだけだ。
「上等だ。俺に負けはねえ!」
 言い様、関口に向かって蹴りを繰り出す。右足の回し蹴りだ。
 それをバックステップして避けると、関口は右手に持っていた煙草を投げ捨てた。
「手出すなよ、お前等」
 一瞬、こちらを向いた関口が、自分と隆人に告げる。
 それから、すぐに省吾へと向き直った。
「俺は菊池程、優しくないぜ」
「菊池の前にてめえの首持ってってやんよ!」
 叫び、床を蹴ろうとした省吾が立ち止まる。
「て、てめえ……」
 関口の左手に握られている拳銃。その銃口が省吾に向けられていた。
「言ったろ。俺は優しくないって」
 薄い笑みを見せながら、関口が告げる。
 省吾は、そんな関口を凝視しながら立ち尽くしたままだ。
「終わりだ。あきらめ───」
「ちょっと待てーーっ!」
 言うより早く体が動いていた。
 関口の左手にある銃に向かって飛び掛る。
 虚を衝いた格好だったが、間一髪のところで身を捻った関口にかわされてしまった。
「何しやがる!」
「何すんだじゃねえ! 殺してどうすんだ、ドアホ!」
「な、なに? あのなぁ、これは───」
「馬鹿か、お前等は」
 関口に罵声を浴びせようとしていた若菜の耳に、別の声が割り込んだ。
 思わず振り返った先。隆人が省吾の動きを封じるかのように立ちはだかっている。
「敵の目の前で口論するなんて自殺行為もいいとこだ」
 淡々と告げる隆人はこちらを見向きもしない。目の前の省吾に集中しているのだろう。
「俺とやるか? それとも関口に撃ち殺されるか、ダメ元で逃げ出してみるか。三択クイズだ」
 挑発するように隆人が告げる。
「どうする?」
「三択じゃねえ。四択だ!」
 若菜が隆人を押し退けて前へ躍り出る。
「おい、小柴!」
 叫ぶと同時に、省吾を指差して告げた。
「てめーはあたしが倒す!」
 一瞬の沈黙。
 それを破ったのは疲れた声の関口である。
「おい、馬鹿」
 関口の手が若菜の肩を掴む。
「あ、あたし……?」
 静かに二度、関口が頷いた。
「だ、誰が馬鹿だ、コラァーーっ!」
「お前だ、お前」
 疲れた顔のまま告げると、関口は真剣な顔付きになって省吾の方に視線を移した。
「おい、省吾。昔、ダチだったよしみと、この馬鹿に免じて今回は見逃してやるぜ。病院から失せな」
「この俺に逃げろってのか?」
「菊池とやりてえんだろ? このままじゃ、そこの怖いお兄さんに殺されかねないぜ」
 一瞬、隆人の方に視線をずらし、それから再び省吾に向き直る。
「二度は言わねえぜ」
「関口……」
 二人とも睨み合ったまま動かない。ややして、省吾が告げた。
「俺は負けたまま終わる男じゃねえぞ」
「知ってるさ」
 いつの間にか関口が口端に笑みを浮かべている。
「じゃあな、関口」 
 それだけ言うと、省吾は背中を向けて歩き出した。
「い、いいのかよ?!」
 去って行く省吾に視線を向けたまま、関口に問い掛けた。
「いいんだよ」
「だ、だって、本当に出て行くとは限らねえだろ!」
 既に見えなくなった省吾の背中から、関口へと視線を移す。
「出て行くさ。あいつの唯一、良い所は嘘を吐かないところだからな」
「関口……」
 省吾の友達としての言葉。
 殺し合いに乗った友達。それでも、嘘は吐かないと知っているから。
 しばらく、自分を見つめていた関口が不意に視線を横にずらした。 
「不満そうだな、怖いお兄さん」
「とんだ甘ちゃんだな、お前も」
 隆人と関口。二人の間の空気が震え出す。
「お、おい」
 見かねて仲裁に入ろうとした若菜だったが、隆人も関口もこちらを見向きもしない。 
 この二人の間で殺し合いが起きかねない程の緊張感。
 息を呑んでその様子を見ていた若菜だったが、額から伝ってきた汗が目に入った瞬間、ようやく我に返った。
「い、いい加減にしろ、てめえら!」
 声を張り上げると、振り返った二人に順番に蹴りを入れた。ちなみに隆人には腹部へ、関口には右足への蹴りである。
 それぞれ小さく声を上げ、こちらを見据えた。
「お前らが喧嘩してどうすんだ、馬鹿!」
「先に突っ掛かってきたのは柴の方だぜ」
 関口が言い返したが、若菜はそれを一蹴した。
「うっせー、タコ!」
「タ、タコ……」
 唖然として肩を落とした関口である。
「山口。お前、これが殺し合いだって分かってるのか?」
 真顔のまま隆人が言ったが、それには腹への鉄拳制裁で応えた。
「うるせー! これ以上、誰かが死ぬのは御免なんだよ!」
 言うと同時に、省吾が去った方向とは逆の方向へ向かって歩き出した。その腕を関口が掴む。
「何だよ! 離せよ!」
「一人で行くこたねえだろうが」
 どうやら、一緒に行くという意味らしい。
 こちらに向けて笑んで見せると、今度は隆人の方を振り返った。
「お前はどうする?」
「俺は遠慮しておく。一応、連れもいるんでな」
「連れ、ね。まあ、それならそれでいいさ。俺としてもお前は余り歓迎したくなかった」 
 そう言って、関口は口元に笑みを浮かべた。
「何故?」
「ウマの合わない奴ってのはいるもんだ」
「なるほどな」
 隆人も返すように笑みを見せる。
「じゃあ、またな」
 笑みを浮かべたまま言うと、片手を挙げて手を振り隆人は歩き出した。
 その後ろ姿を見つめていた若菜の耳に、関口の呟きが聞こえた。
「何、考えてやがる?」
「え?」
 その言葉に関口の方を振り返ったが、どうやら自分に言ったわけではないようだった。
 その視線の先には、隆人が去って誰もいなくなった廊下の奥の曲がり角しかない。
 関口はしばらくの間、何かを確かめるかのような表情で廊下の奥を見つめていた。

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