BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


55


「お友達になってくれる?」
 入園したばかりの幼稚園で、彼女が自分に言った始めての言葉。
 あの日の彼女の笑顔は、中学生になった今でも忘れた事はない。
 そうして、自分達は親友になったのだから。
 成長して行くにつれ友人の数も増えていったが、親友と呼べるのはやはり彼女しかいない。
 十年近い月日を一緒に過ごしてきたのだ。
 その間には様々な事があったけれど、自分達はいつも一緒にいた。
 別のクラスになった時も、喧嘩をした時も、父親を病気で失った時も、彼女に恋人が出来た時も。
 いつだってお互いの幸せを喜び、お互いの不幸を悲しんだ。
 いつも自分の傍にいた、唯一無二の自分の親友。
 これからも、今までと同じように、自分と彼女の関係は続いて行く。
 そう信じている。
 遠い未来、二人がお婆さんになっても、きっと今までと同じように笑いあっていられるのだと。

 丁度、階段を下ろうとしたところで横から声をかけられた。
 もう聞き慣れた少し低いけれども優しい声。
 振り向いた視線の先には、心配そうな表情の菊池がいる。
「大丈夫か?」
 もう一度、同じように問い掛けてきた菊池に対して、唯は小さく笑顔を返した。
 正直、大丈夫とは言い難かったが、弱音を吐く訳にはいかない。
 自分がここで泣き言を言っても、菊池達に迷惑をかけるだけだ。何より、絵里の事がある為、むしろ先を急ぎたいくらいの気持ちでもあった。
 そんな焦り、不安、そして春香の死による精神的な打撃も含め、そういったものが全て表情に現れてしまっているのかもしれない。
 元気に振舞わなければ。それが例え、無理矢理なものだとしても。
 気落ちしている暇などないのだ。
 早く絵里と再会する。そうして、いつものように手を握り合って、この現実を乗り越えてみせる。
「行こう」
 促すように告げると、菊池も黙って頷いた。
 階段の踊り場部分で待っていてくれた友也と義人も、自分達が降りていくのを確認すると再び足を進め始めた。
 今いる棟には、既に生きている人間は自分達しかいない。
 こちら側に表示されている星の数は全部で六つ。その内、四つは自分達で、残る二つは裕太と春香だ。
 誰の手によって殺害されたのかは分からなかったが、殺人者がまだ病院内をうろついている可能性はかなり高いと見ていいだろう。
 その殺人者も含め、九人もの人間がもう一方の棟にいる。そして、その内の一人が絵里であるかもしれないのだ。
 絵里の笑顔が脳裏を過ぎる。同時に、麻由美の別人のように冷たい表情と、春香の笑顔を思い出した。
 どうして、こんな事になってしまったのだろう。
 麻由美と春香がいた以上、この病院に絵里がいる、もしくはいたのは確かな気がする。
 そして、三人がいたならば、純もここにいたと考えていいはずだ。
 冴子は出発前に負った怪我の手当ての為、裕太と一緒にいたという。それは義人から聞いた。だが、最初に出発した村山沙希。純の前に出発した雪村佳苗と秋山美奈子。そして唯自身。それ以外の仲間、絵里、純、春香、麻由美、綾は一緒にいた可能性が高い。
 実に五人もの信頼のおける友人達が集まっていたというのに。
”それなのに、どうして……?”
 麻由美が初めからやる気だったのだろうか。
 いや、それは違う。根拠などなかったが、一瞬考えてしまった想像をすぐに振り払った。
 確かに麻由美は気難しいところがあったけれど、簡単に人を殺そうとするような人間ではない。友達として、それだけは信じている。だからこそ、分からない。
 この病院で何かがあったのか。それとも、やはり春香と麻由美がいたのは偶然なのか。
「手塚」
 いきなり声をかけられ、驚いて悲鳴を上げそうになった。
 丁度、もう一方の棟と繋がっている通路を抜けたところだった。 
「どうした?」
「え? あ、ううん。何でもないの」
 苦笑混じりに言って、義人の言葉を待った。
「ならいいが、それよりレーダーを見てくれ。先に動いてない星の所に行く」
 促されて、右手に持っていたレーダーへと瞳を落とす。
 持ち主である自分の姿が中央の星になるが、今は四つの星がほとんど重なっている状態だった。
 残る九つの星の内、先程から全く動いていない星が二つあり、そのどちらもがほぼ同位置に存在している。ただ、このレーダーは立体的には判別出来ないらしく、同じ建物のどの階にいても、位置さえ同じならば同じ位置に表示されてしまう為、この二人が必ずしも一緒にいるとは言えなかった。
「二つあるよ。今までと同じ……」
「さっきから動いてない二つだな?」
 唯が頷いて答えると、義人も頷き返してきた。
「分かった。まずはこの階から行こう」
 こちらに向かって言うと、義人はすぐに踵を返して歩き出してしまう。
 その後ろに、義人より少し背の低い友也が続き、その後に唯も続いた。
 そうして感じるのは背中から感じる暖かさである。
 菊池の存在が、ともすれば挫けてしまいそうになる自分に勇気を与えてくれた。
 自分でも不思議なくらい安堵している。最初は恐怖の対象でしかなかったはずなのに。
 自分達が一緒にいるところを見たら、絵里はどんなに驚く事だろう。
 その時の様子を想像して、唯は少しだけ苦笑した。
 基本的には勝気な絵里だったが、実際はかなり怖がりでもある。
 ジェットコースターやホラー映画は勿論の事、不良グループなども畏怖の対象になっていた。
 そんな絵里が今の自分の状況を見たら、菊池に脅されてでもいるのではないかと勘違いしかねない。
”でも、きっと平気……”
 すぐに分かってくれるだろう。
 瞳を見るだけでお互いの考えてる事は大体伝え合う事が出来る。
 双子の姉妹でも何でもないが、それに勝るとも劣らない関係を自分達は長い年月をかけて築き上げてきたのだ。
「いるとすればこの中か」
 目の前の病室の扉に目を向けながら、義人が小さく呟いた。
 中に誰かが潜んでいる可能性を考慮しているのだろう。実際、レーダーの反応もこの位置だった。
「早く開けようぜ」
 扉のノブに手をかけて菊池が言ったが、義人がそれを制した。
「開けた途端に襲ってくるかもしれないんだ。軽率な行動は控えろ」
「慎重すぎなんじゃねえのか?」
「当たり前だ。生命がかかってるという事を忘れるな」
 そこまで言ってから、義人の視線がこちらへと向けられる。
「手塚。誰かがここに来ないか、しっかりレーダーを見ててくれ」
「あ、はい」
 頷いて応えると、義人は扉に目を戻した。
「菊池、坂井。いつでも戦えるという準備だけはしとけ」
「任せろ」
 拳を鳴らして菊池がそれに応える。
 特に何も言わなかったが、友也も了承したようだった。
 二人の様子を見届けた義人が、扉をノックする。
 一回、二回と続けて叩いたが、中からの反応はない。
 もう一度、同じようにして扉を二度ノックしてみせた。
「いないの、か?」
 病室の中からの反応は、やはり全くないようだった。
「開けてみるしかないか」
 ため息の混じった声で呟くと、義人は勢い良く扉を開いた。
 一瞬、緊張した空気に包まれる。だが、すぐにその緊張は解けた。
 開け放たれた扉の向こうには、誰もいない病室だけが見て取れる。
「ちっ。外れかよ」
 菊池が舌打ちしたのと同時に、義人も口を開く。
「一応、中も調べてみよう」
 義人の一言で、病室内も調べてみる事となったが、結局誰かがいたという形跡すら見つける事は出来なかった。
 病室を出た後、すぐにレーダーを覗いたが二つの星は未だ同位置に留まっていて動きはない。
 それを確認すると、唯達は三階への階段を登って行ったのだが。
「ここにもいない、か……」
 星の点灯位置である病室内を一通り調べ終わった後、義人が呟いた。
 どうやら三階も外れだったようだ。これで残るは一階か四階。もしくは屋上か。
 どこから行くにせよ、誰かがいる事だけは間違いないのだ。
 期待と不安。二つが入り交じった複雑な瞳のまま、唯は義人の背中を追う。
 先頭を行く義人は全く立ち止まる事もなく四階への階段を上がって行った。
 一段、一段、階段を上がっていく度に不安が大きくなっていくような気がする。先程までの不安とは違う。これは予感だろうか。
 階段の途中で一度足を止める。何となく手すりに触れてみたが、冷たい感触が不安を煽るような気がしてすぐに手を離した。
 同時に背中に視線を感じて振り返る。
 そこに在るのは、真摯な眼差しをした菊池の目だ。
「菊池君……」
 応えるように菊池が頷いてみせる。
 大丈夫だから。そんな言葉が聞こえたような気がした。
 それでも動き出せない自分に向けて、菊池がもう一度頷いてみせる。
 それに応えるように頷くと、菊池が小さく笑みを見せた。
 立ち止まっている場合ではない事は分かっている。予感はただの予感であり現実ではない。
 信じるしかないのだ。この先にあるのが優しい現実であると。
 そう信じている。絵里や菊池を信じるのと同じように。
 もう一度、小さく頷くと唯は再び足を進め始めた。
 振り向く事なく四階まで登り切ったが、義人と友也は先に目的の場所へと向かってしまったようだ。
「あいつら、先に行っちまったか」
 先に行ったとは言え、二つの星が灯っていた場所は目の前だ。
 液晶画面の中の星は、もう六つが重なって見える。
 一度だけ菊池と視線を合わせ頷きあった。
 そうして再び歩き出す。
 心臓の鼓動が高鳴っているのが分かる。その音を聴きながら廊下を曲がった。
 目の前に立ち尽くす二つの背中。その内の一つが振り返って声を上げた。
「見ない方がいい……」
 義人が静かに告げる。
 その言葉が逆に唯の足を前に進めさせた。
 次第に何かの匂いが鼻腔をついてくる。
 視界に映るのは、紅い模様を散りばめた床。
 心臓の音が爆発しそうなくらい大きく聴こえてくる。
 後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、一瞬で周囲の音が無になった。
 少女が一人、そこに倒れていた。
 余りの惨状に悲鳴も出てこない。頬を伝う感触で、自分が泣いているのだという事が分かった。
「紺野、なのか……?」
 声は聞こえたが、それが誰のものであるのかも分からない。
 しばらくの間、ただ泣き続ける事しか出来なかった。
 新たな声が聞こえた時、どれくらいの時間が過ぎていたのだろう。
「開けるか?」
 言ったのは友也である。
 病室の扉に凭れるようにして立っていた友也は、黙ってこちらを見つめている。
 液晶画面に表示されていた星は二つ。その内の一つは綾だった。
 もう一つの星が示す人物は間違いなく、この病室の中にいるのだろう。
 こんな現実なら見ない方がいい。そう思った。それでも無意識に頷いていたらしい。
 ゆっくりと病室から離れた友也が、躊躇せず扉を開いた。
 中に広がる風景。
 どこにでもある入院患者用の病室。
 白いカーテンに仕切られた四つのベッド。
 その一番手前に彼女はいた。
 見間違える事などあるはずもない。他の誰でもない自分の親友。
 喉の奥で、その名を呼びかける。
 声が出ていない事に気付いて、もう一度名前を呼んでみる。
「……り。え、り……」
 静かに眠っている彼女は目覚めない。
 傍まで歩み寄り、手を握ってその名前を口にした。
「絵里、絵里ってば! ねえ、起きてよ! 絵里! 私、来たんだよ! 絵里! 絵里、絵里、絵里、ねえ、起きてってばァーーっ!」
 ただ、ひたすらにその名を呼び続ける。何度も何度も繰り返して。
 叫び疲れて咳き込むのと同時に、視界が滲んで見えた。
 それでも繰り返す。おかしくなるくらい叫び続ける。
 何も分からなかった。
 頭の中にあるのは、名前を呼び続ければ絵里が目覚めるという事だけだ。
 だから、叫んだ。また今までのように絵里と笑いあえる日が来ると信じているから。
 絵里が起きないのは呼び掛けが足りないからなのだろうか。
 自分はこんなに頑張って呼んでいるのに。
 優しい絵里のちょっとした悪戯かもしれない。だとしたら、少しくらい付き合ってあげてもいい。
 最近は部活と塾に追われて、遊べる時間も少なくなっていたし。
 そういえば、夏休みになったら絵里と二人で水着を買いに行く約束をしていた。それを着て海に行こう。純や冴子や皆と一緒に。
 その後は受験勉強をしなくちゃ。目指す志望校は都内の女子高。同じ学校だ。制服が可愛いのが決め手だった。少し難易度が高いけれども、きっと大丈夫。絵里と一緒なら乗り越えられるだろう。
 そうして、秋が過ぎて冬になって高校に合格したら、二人で旅行に行こう。そんな話をこの間、絵里の家に泊まった時にした。恋人である啓介には悪いけれど、まだまだ自分が絵里を独占したっていいでしょう。そう言ったら絵里は笑っていたっけ。
 二人っきりで旅行するのは初めてだし、女二人という事で母達は複雑そうだったけれど、絵里お得意の強引さで納得させてしまった。
 目的地は、どこにしよう。山へ行こうか。きっと春の花がたくさん咲いているだろう。お寺を巡るのもいいかもしれない。何だか、心が洗われそうだ。考えるだけで楽しいのは、二人でいる時間の幸せを知っているから。
 
「ねえ、唯の夢って何?」
「どしたの、突然?」
「いや、子供の頃と変わったのかなって」
「絵里はケーキ屋さんだったっけ? 料理下手なのにねー」
「わ、悪かったな、こんにゃろ」
「あははは。ごめんごめん。で、絵里の今の夢は?」
「ないしょ」
「ずっるー」
「うーん、てゆうか決まってないんだもん」
「え? 決まってないって?」
「やりたい事が何なのか分からなくって」
「そう言われると、私もそうかも……」
「そっか、唯もか。ちょっと安心しちゃった。あ、そーだ! でも、分かってる未来が一個だけあるよ」
「分かってる未来って?」
「それはね───」

 これからも、ずっとずっと一緒に歩いて行こう。
 卒業して、大人になって、結婚して、子供を産んで、お婆さんになっても。
 あの日の言葉を、私はきっと忘れない。
 
 ───それはね、私達が一生ずっと親友だって事!
 

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