BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


第3部

中盤戦

62

 休日は寝ている事が多い。
 ───はい。

 テレビを見るのが好きだ。
 ───いいえ。

 ファッション雑誌をよく読む。
 ───いいえ。

 洋服にはこだわる方だ。
 ───いいえ。

 煙草を吸う。
 ───はい。

 お酒を飲む。
 ───いいえ。

 親孝行をしてあげたいと思っている。
 ───いいえ。

 母親の料理が無性に食べたくなる時がある。
 ───いいえ。

 犬と猫なら犬の方が好きだ。
 ───いいえ。

 女優になりたいと思った事がある。
 ───いいえ。

 本をよく読む。
 ───はい。

 音楽が好きだ。
 ───はい。

 結婚したら子供が二人は欲しい。
 ───いいえ。

 ギャンブルをする人間は馬鹿だ。
 ───いいえ。

 赤と青なら赤の方が好きだ。
 ───いいえ。

 他人に料理を作ってあげるのが好きだ。
 ───はい。

 交通事故に遭った事がある。
 ───いいえ。

 夜寝る時、部屋の灯りを真っ暗にしなくちゃ眠れない。
 ───いいえ。

 部屋が汚いのは許せない。
 ───いいえ。

 友達と遊ぶより一人でいる方が好きだ。
 ───はい。

 自分の見た目に自信がある。
 ───いいえ。

 異性に生まれれば良かったと思う。
 ───いいえ。

 居留守を使った事がある。
 ───いいえ。

 映画を観るならアクション物がいい。
 ───いいえ。
 
 炭酸系の飲み物が苦手だ。
 ───いいえ。
 
 明るい人間と話すとコンプレックスを感じる。
 ───いいえ。

 夕焼けを見ると心が落ち着く。
 ───はい。
 
 病院の匂いが嫌いだ。
 ───はい。

 死後の世界はあると思う。
 ───いいえ。
 
 疲れた時に甘い物が食べたくなる。
 ───いいえ。

 自分は幸せだと思う。
 ───しあわせ……?
 
 ───わか……らない……。わからない。わからない。わからない。わからない。しあわせってなに? しあわせがわからない。どうであればしあわせなの? わたしはしあわせなの? わたしのしあわせはどこにあるの? おしえて、だれか……。





「幸せ?」
 不思議そうな目をして見せた男の視線は先程から動いていない。
 私はそれを知っていたけれど、あえて無視した。この男が常連だからだ。
 この店は私がこれまで勤めてきたお店の中では、一番高級な部類に入るだろう。私にとっては三件目のクラブだった。
 カウンター以外にボックス席が12個あるが、大抵は全て埋まっている。
 私が今いる席もボックス席の一つだ。男は部下を連れてきていて、その部下の方にも女の子がついている。私はその女の子の顔は知っていたが名前は知らなかった。
 私を指名した男が、いきなり肩に手を回してきた。よくある事だ。
 それから、私がした質問に返答した。
「今が幸せだよ、俺は」
 男が笑いながら告げた。
 30を過ぎたばかりながら、どこかの何とかいう有名会社の重役らしい。奥さんも子供もいるらしいが、よく店にやってきては私を指名する。
 私はこの男の前では極力頭が悪そうに見える女を演じる事にしていた。
「そうなんだー。じゃ、プライベートで私に会えたらもっと幸せ?」
「も、もちろん! なあ、いい機会だしさ、今日どう? この後、食事でも───」
「だめですよー。このコ、絶対アフターしないんですから」
 いつの間にか部下の方についていた女の子が変わっていた。
 丁度、今、横から割って入ってきたのは、27歳のこの店の古株だ。話し上手で人気も高い。名前は覚えていないが、私にもよくしてくれるので嫌いではない。
「ところで、何の話してたの?」
「おお、ユリちゃんか。おいでおいで。いやね、幸せかどうかって聞かれたもんでさ」
 女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。女の名前はユリ。
 10回口の中で反復して、女がユリという名前である事を頭に入れた。
「ユリさんは幸せですかー?」
 覚えたばかりの名前を口にして話しかけた。
 ユリは笑っている。
「分からないわね。自分が幸せかどうかなんて」
「そうですかー。やっぱ、そうですよね」
 自分と同じ答えだった。
 分からない。それが答えなのだ。あの心理テストには何の意味もなかったのだ。
 けれども……。
「ミオちゃんは? 幸せ?」
 この店での私の名前を呼ばれて振り返った。
 私の幸せは……。
「ええ、とっても」
 極上の微笑を顔に貼り付けてそう言った。
 
 私はミオを演じ続ける。
 頭の悪いミオ。頭の良いミオ。可哀想なミオ。明るいミオ。不幸なミオ。幸せなミオ。
 全てが私。
 そうして演じて演じて演じ続けたら、家に帰ろう。家には彼がいる。
 彼の前に立って、私は初めて演じる必要がなくなるのだ。
 私が私に戻れる場所。
 私はそこに帰るのだ。
 そうして、名前を呼んで欲しい。私の名前を。私の本当の名前を呼んで欲しい。

 ───おかえり。

 彼の傍だけが、私の帰る場所。

 ───ただいま。

 その場所だけが、私の幸せ……。

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