BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


65

 帰りたい……。

 祈るようにそう思う。
 その反面、帰る場所などないという現実が頭を巡る。
 それでも帰りたいと願う。
 半永久的にループし続ける理想と現実。
 だから、自分は現実を壊したいのだろうか。
 この現実がなくなれば、何処かに自分の帰る場所が見つかるような気がするから。
 それが何処かは分からないけれど。
 
 田舎の住宅街のような風景を見渡しながら、早田智美(女子11番)は周囲の気配を探っていた。
 住宅街である以上、誰かしら潜んでいてもおかしくはない。
 誰か見つけたとしたら、すぐにでも仕留めなければ。
 まだ見ぬ自分の居場所に帰る為に。
 今のところこの住宅街に人が潜んでいる様子は窺えなかった。
 息を殺して潜んでいるのか。それとも本当に誰もいないのか。
 チープなスリルに奇妙な程の高揚感を覚える。
 必ずしも自分が生き残るとは限らない。動物の生存本能が勝った方が生き残るのだ。
 今度こそ負けるかもしれないという現実。そのギリギリの緊張感の中で、今、自分は生きている。
 その中でしか自分が生きているという事実を認識出来ない。だからこそ、自分はあの二人と一緒にいたのだ。
 誰よりプライドの高いあの男は、あの行為の中で何を求めていたのだろう。
 誰より残酷なあの男は、何故自分達と共にいたのか。
 不思議な関係だった気がする。
 唯一、自分達の間に共通点があったとすれば、それは帰る場所のない人間だったという事。
 思わず苦笑を漏らしながら智美は空を見上げた。
 ”あたしの帰る場所……”
 それは人を殺してでも手に入れるべきものなのだろうか。
 今更、考えても仕方がないが、やはり疑問は残る。
 ”あいつはそれも辞さないって言ったけど……”
 現在、共同戦線を張っているあの男は、人の命を奪う事に疑問を覚えてはいないようだった。
 当たり前だ。今までだって自分達三人は、それに近い事をやって来たのだ。
 どんな人間でも皆同じだった。
 最後は自分を守ろうとする。
 仲睦まじいカップルの男は女を置いて自分だけ逃げ、街のチンピラ集団は我先にと仲間を置いて逃亡し、警察は守るべき市民よりも自分の命を選んだ。
 結局、最後は自分なのだ。
 その事実を確認して、智美は安堵していた。
 例外がないのであれば、自分もいつか同じ目に遭うかもしれない。
 あの二人だって、いつ自分を裏切るか分かったものではないのだから。
 それでも一緒にいたのは、あの二人といる時間が嫌いではなかったからだ。
 いつ裏切るか分からない仲間と共に過ごす。
 そうして、また自分が生きているという事実を確認するのだ。
 ”けど……”
 つい数時間前、初めて人を殺した時に感じた、あの例えようの無い嫌悪感はなんだったのだろう。
 相手に対する罪悪感よりも、自分に対する嫌悪感の方が遥かに上回っていた。
 どれだけ人を傷付けても何も感じなかったのに、どうしてあの時だけ。
 偽善の心が働いただけだろうか。
 ”はっ。今更?”
 馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 散々、最悪な事をやってきて、本当に今更だ。
 だって、そうだろう。
 どう考えたって、自分はまともじゃない。自分という存在を構成するパーツの一つが欠けてしまっているかのように。
 それを失ったのは、いつの事なのだろうか。
 考えても思い出せない。
 気付いた時には失っていて、もう取り戻せない。それとも初めから持ち合わせていなかったのか。
 どうでもいい事のような気がした。
 そのパーツを持っていない自分こそが、『早田智美』という人間なのだ。
 そして、自分の為に智美は探し続けている。
 何処かにあるはずの『早田智美』の帰る場所を。
 
 どうもこの島は夜になると風が強くなるらしい。
 20時を過ぎた辺りから、かなり風が強くなってきた気がする。
 その冷たい風を全身で受けながら歩いていた智美は、不自然なものを見とめ足を止めた。
 少し距離はあったが、自分の直線上。
 一瞬、奇妙な灯りが視界に映し出されたような気がする。
 ”ライト、か?”
 ごく人工的に作り出された灯りだったように見えた。とすると、灯りを生み出しているのは人間だ。
 支給された懐中電灯だろうか。
 余り深くは考えずに、智美はそこに向かって足を進めた。
 スカートに突っ込んだ支給武器の拳銃が確かにそこにあるかどうか確認して足を速める。
 既に一人の人間の命を奪っている拳銃だ。
 説明書は軽く読んだだけで捨てた。要は引き金を弾けば弾が出る。それで充分だった。
 舗装された道を一点だけ目指して駆け抜ける。
 周囲の様子は何故か気にはならなかった。自分がその一点に集中しているからなのか、単に気が回らないだけなのかは分からない。
 今、他のやる気の者に襲撃でもされたら、それこそひとたまりもないかもしれない。
 それでも、それを待っている自分がどこかにいる。
 ───俺は狂ってる……。
 ”あの時、あいつはああ言ったけど……”
 それは自分も同じかもしれない。
 こんな切迫した状況で命の危険を楽しんでいる自分は、やはりどこか狂っているような気がする。
 ”けど……”
 本当にそうなのだろうか。人間という生き物は、皆どこか狂った一面を持っているのではないのか。
 自分もあの二人も、そして自分を捨てた親という名の生き物も。
 人間だけではない。この世界そのものが狂っているようにさえ思える。
 周囲と同じでないと肯定してもらえない世界。
 個人を主張すれば疎外される世界。
 どこかがおかしい。歪みまくった世界を破壊したくなる。
 全部なくなればいい。この世界も、この世界を構築する人間も、全てひっくるめて。
 ”全部ぶっ壊れちまえばいい!”
 夜を駆ける智美の額を汗が伝う。
 先程の奇妙な灯りが見えた場所まで後僅か。
 走る智美の耳に聴こえるのは、自分の呼吸音、風の音、そして自分を嘲笑う声。
 もう聞き飽きた。
 ───何、あの娘の顔。
 ───可哀想、女の子なのに。
 ───でも、ほら、あの娘って……。
 幻聴を振り払って、智美は前方に目を向ける。
 真っ暗な住宅街の中で一件だけ薄い灯りが見えた。カーテン越しの薄明かり。その向こうに誰かがいる。
 家の目前まで来たところで、智美は足を止めた。
 家の周囲を覆う塀が所々破砕している。どころか、灯りのある部屋の窓ガラスまで粉砕されてしまっていた。
「やりあった後ってとこか」
 思わず呟いた智美の耳に、新たな声が入ってくる。
「だ、誰だ!?」
 男の声は震えている。
 答えずに声の方へと歩を進めた。
 更にもう一度、男が叫ぶ。
「と、止まれ、止まらないと撃つからな!」
 先程よりも大きな声だ。
 智美は止まらない。
 もう男の姿は見えていた。
 威嚇のつもりだろうか。大きな箱状の拳銃をこちらに向けている。
「と、止まれよぉっ!」
 一際大きな声で男が叫びを上げた。その瞬間、智美が地面を蹴る。
 一瞬で距離を砕く。
 目の前に男の顔。その鼻っ柱を拳銃で思い切り殴りつけた。
 奇妙な呻き声を上げ男が膝を落とす。だが、それよりも早く顔面を蹴り上げた。男の顔が跳ね上がる。その胸倉を掴み上げた。
 男は気を失ってこそいないようだったが、震えながら小さく喘鳴している。
 智美は胸倉を掴み上げたまま、膝立ちになり、男の顔を覗き込んだ。
「よう、ハゲ」
 智美が言うと、坊主頭の鈴木拓海(男子11番)が悲鳴を上げて大きく首を左右に振った。
「死にたくないってか?」
 拓海は答えない。ただ首を横に振り続けるだけだ。
 しばらく、黙ってその様子を見つめていたが、ややして掴んでいた胸倉を離し立ち上がった。
 そのまま無言で、拓海の額に銃口を突きつける。
 引き金を弾いた。
 自分を中心に周囲に銃声が響く。
 それで終わりだった。
 智美は小さくため息を吐き、制服に飛び散った血液を払おうとして手を止める。
 そんな事をしても染みが広がるだけで何の意味もない事を思い出したのだ。
 額から血を流して倒れる拓海に目を向ける。
 一度、爪先で蹴りを入れてみたが、当然反応などあるはずもない。
 完全に死んでいる事を確認すると、拓海の持っていた大きな拳銃をデイパックに放り込み部屋の中へと上がりこんだ。
 近くに転がっていた拓海のデイパックからペットボトルだけ回収すると、そのまま二階へと上がって部屋の中のタンスを片っ端から開けていく。
 服を着替えたかったのだ。
 他人の血液が付着した制服が妙に気持ち悪くて、今すぐ脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。
 こんな時に男だったら、すぐに実行に移せるのに。
 そう思って、智美は顔を顰めた。
 ”めんどくせえ……”
 女である自分が嫌なわけではなく、ただこういう瞬間が嫌なだけだ。
 狂っているはずの自分のまともな面を自覚する。
 誰が決めたわけでもない常識に従って行動してしまう自分が嫌だった。
 一通り、家中を物色してみたが、洋服と呼べる物はただの一着も残されていないようだ。
 最後に調べたタンスの中にも何も入っていない事を確認すると、智美は舌打ちをして蹴りを入れた。
 それから支給された腕時計を見やる。
 今の時刻は23時57分。後3分で放送の時間だ。
 デイパックから地図を取り出し、ついでにペットボトルも取り出した。
 窓の傍に腰を下ろし、ペットボトルで喉を潤しながら、何となくという感じで地図に目を向ける。
 禁止エリアはもう結構な数に上っていた。
 ちなみに18時の放送では、C−7、H−4、C−6が禁止エリアに指定されている。
 行動範囲が狭まるという事は、必然的に他の者と鉢合わせる可能性も増えるという事だ。
 それに、あの男にも会えるかもしれない。
 やはり、いないよりはいる方がいい。
 そこまでで智美は思考を中断した。
 突然流れてきた轟音に神経を集中させる。
 定時放送の始まりの合図。
 徐々に音量は小さくなっていき、その上から担当教官である西郷の声が被せられた。
『時間だ。放送を始める』
 感情のない低い声が響き渡る。
『まず死者は、男子11番、鈴木拓海』
 この六時間の間で死んだ者は、今さっき自分が殺した拓海だけだったようだ。
『次に禁止エリア。午前1時にB−8、午前3時にI−2、午前5時にF−3。以上だ』
 禁止エリアだけを地図に書き記すと、智美は立ち上がって窓の外に目を向けた。
 何者か潜んでいないか確認しようとしたのだが、暗すぎて外の光景は見通せないようだ。
「ちっ。しゃあねえな」
 舌打ちすると、智美は踵を返して部屋を後にした。
 階段を降り、先程自分が侵入した割れた窓の方へと向かう。
 粉々に砕けた窓の傍にあった拓海の死体の脇を通り、外へと躍り出た。
 途端に強い風が全身に吹き付けてくる。
 反射的に目を閉じた智美の前髪が風で靡いた。
 その風を受けながら、斜めに大きく切り刻まれた顔の傷跡を右手の中指でなぞる。
 濃い闇の中で、智美はしばらく立ち止まったまま動かなかった。


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