BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


66

「ちきしょう! 拓まで死んじまうなんて!」
 衝撃の余り、両の拳を床に向かって思い切り叩き付けた。
 そのまま流れ落ちてきそうになる涙を堪えて、大島健二(男子4番)は歯を喰いしばる。
 ”何で、何で、拓が死ななきゃなんねえ……!”
 自分の無力さが情けなかった。
 結局、未だ脱出の為の策は何一つ見つかってはいない。こうしている間にも、また誰か新たな犠牲者が出てしまうかもしれないのに。
 分かっていても、この場を動けない理由が健二にはある。
「オ、オーケン……」
 小さな怯えたような声で呼びかけてきたのは、加藤夏季(男子5番)だった。
 夏季は泣いていた。
「た、拓が……。拓が……」
 うわ言のように呟き続け、ついには嗚咽を隠す事なく泣き出してしまう。
 健二とて涙を堪えるので精一杯だった。
 友達である拓海の死。
 何故、防ぐ事が出来なかったのか。
 これで仲間の死を放送で聞くのは二回目だった。それは同時に仲間を二人も死なせてしまったという事になる。
 最初にそれを聞いたのは、正午の放送の時。
 安藤勝の死を知った。
 その時も同じように無力感に苛まれ、立ち直るまでに多少の時間がかかったのだが。
 今回で二度目。
 これ以上、こんな所に身を隠しているだけでいいのだろうか。
 時間を追う事に、クラスメイトの数が減っていっているのだ。
 18時の放送では七人もの人間が、僅か六時間の間に死んでしまっていた。
 ”けど、だからって、あいつ等を置いて行く事なんて……”
 出来るはずがない。
 そう思って、健二は通路の奥に目を向ける。
 今、健二達がいるのは、この島の役場らしい施設だった。
 地図で言うと、F−7にあたるエリアだ。
 この役場らしき施設は、入り口を入ってすぐの所に受付カウンターがあり、右手側の奥に小さな会議室が設けられていた。
 健二達がここに逃げ込んでから十二時間弱。
 十二時間。その間に何人ものクラスメイトが、その命を散らしているというのに。
 ”何かないのか、何か……。皆を助ける方法……”
 この数時間はそればかりを考えていた。
 どうにかして、皆を助けたいと。そして、自分を含め全員でこの島から脱出したいと。
「俺達……死ぬのかな……」
「夏季?」
 小さく呟いた夏季の一言に、健二も思わず振り返った。
「俺……死にたくない。死にたくないよ……」
 まるで自分が傍にいる事を忘れてしまったのか、夏季はうわ言のように呟き続ける。
 言葉をかける事も出来ずに、健二はその様子を見つめ続けていたのだが。
 ”俺も……死ぬのか?”
 頭の中に急に浮かび上がってきた自分の死ぬシーン。
 それは銃で撃たれたり、ナイフで刺されたりと様々だったけれど。
 そのいずれも今の自分にとってあり得る未来なのではないのか。
 死。いつかは誰でも迎える事になる「それ」の恐怖が、健二の頭を侵食し始める。
 自らの想像に思わず唾を飲み込むと、自分を落ち着かせようと唾を飲み込んだ。
 ”大丈夫だ。俺達は死なない。必ず生きて家に帰るんだ……”
 だけど、どうやって。
 方法は見つからない。時間は過ぎて行く。
 額に汗をかいている事に気付き左手で拭った。
 ”このままじゃダメだ。何か手を打たないと……”
 考えれば考える程、絶望的な状況だけが浮き彫りになってくる。 
 それでも頭を巡らせ続け、やがて流れ落ちてきた汗が目に入った時、頭の中に最後の手段が浮かんだ。
 自殺。
 死んでしまえば、死の恐怖からも、誰かを殺す事になるかもしれないという恐怖からも解放される。
 自分も、仲間も、全て捨てて死んでしまえば。
 ふと、頭の中に親友の顔が浮かんだ。
 ───オーケン。
 あの親友の事だ。今この場にいたら、自分の事を殴りつけているかもしれない。
 あの廃屋での事が頭に浮かぶ。
 ”すまねえ。自分達の手で何とかしようって言い出したのは俺だってのに……”
「オーケン」
 突然、名を呼ばれ反射的に振り返る。
 目の前に立っていたのは、自分の親友でもある池田一弥(男子3番)だった。
「な、なんだよ。驚く事ないだろ」
「いや、わりい」
 言った瞬間に気付いた。一弥の目が赤く腫れている事に。
 泣いていたのだ、きっと。
「どうした?」 
 疑問に思ったのか小さく問い掛けてくる。
 さっきまで泣いていたはずなのに、普段通りに接してくる一弥の姿。
「オーケン?」
「大丈夫だ。何でもねえよ」
 笑みを見せ、健二も床から立ち上がる。
 それから、一弥の肩に手を置いた。
「な、なに?」
 ”お前はやっぱ、俺の親友だ”
 そこにいるだけで安堵出来る。涼を含め仲間は沢山いるが、やはり一弥以上に自分を安心させてくれる男は他にいない。
「生きようぜ、カズ」
 真顔になって告げると、一弥もしっかりと頷き返してきた。
「ああ、当たり前だ」
 一弥が自分の胸を拳で叩いてくる。
 応じるように、健二も拳で叩き返した。
 試合の時にやる気合の入れ方。
 サッカーの試合とは全く違うけれど、どんな時だって仲間である事には変わりない。
 改めて仲間という存在の心強さを認識する。
「大丈夫か?」
 心配そうな表情で、一弥が問い掛けてくる。
「ああ、体力は問題ない」
「じゃ、あの二人の事、頼むぜ」
 一弥の視線が奥にある部屋へと向けられる。
「様子はどうだ?」
 健二の質問に対して、一弥は小さく首を振ってみせた。
 変わっていないという事だろう。
 お互い真剣な表情になって頷き合うと、一弥は夏季の隣に腰を下ろした。
 夏季は先程からうわ言のように「死にたくない」と呟き続けている。
「しっかりしろ、夏季」
 一弥の声を背中で聞きながら、健二も奥の部屋へと向かった。
 扉の前に立ってみたが、中から物音は聞こえない。
 小さくため息を吐いて扉を開けると、狭い会議室らしき部屋の片隅に目を向けた。
 そこに一人の少女が膝を抱えて座っている。
 小さく名を呼びかけると、高村正巳(女子12番)がゆっくりとこちらに瞳を向けた。だが、すぐにまた瞳を床に落としてしまう。
 18時の放送後から、ずっとこの調子だった。
 ”無理もないか……”
 七人もの人間の死を告げた18時の放送。
 その七人の中に正巳の親友でもある森川葵の名が入っていたのだから。
 あの放送で葵の名を聞いた瞬間、混乱状態に陥った正巳はここから逃げ出そうとした。
 一弥と二人で強引に連れ戻したまではいいが、それからはずっとこの状態で部屋の片隅で膝を抱えたまま動かないでいるのだ。
 それだけ精神的に参っているという事だろう。
 特別、仲が良かったわけではないが、健二にとっても葵は数少ない信用出来そうなクラスメイトの一人であった。
 女子の委員長という事もあるが、それ以上にどことなく自分の友人である西村涼に似ていたからだ。
 委員長同士という事もあり、よく涼と葵が二人で何事か話しているところを健二も目にしていた。
 実際どうなのかは分からないが、二人は付き合っているという噂もあるくらいだ。
 以前、涼に聞いたら笑って否定していたが。
 少なくとも涼が葵の事を信用している事は間違いないだろう。
 たったそれだけの理由ではあるが、それだけで葵を信用するのには事足りる。
 絶対に信用出来る涼が信用している相手なのだから。
 だからこそ、葵が死んだという事実は健二にとっても無念だった。
 勿論、その衝撃は正巳の比ではないだろうが。
 しばらく正巳の事を見つめていたが、やがて視線を外すと、正巳と向き合うような位置で眠っているもう一人の少女に目を向けた。
 18時の放送で告げられた七人の死者。その内、四人は彼女の友人達であった。
 葵を失った正巳同様、もし放送を聞いていたら半狂乱状態に陥ってしまっていたかもしれない。
 放送を聞かなかった事は、今の彼女にとっては良い事のようにすら思える。
 健二は目を細めて、眠る彼女と部屋の片隅で蹲る正巳を見比べた。
 ”俺が……俺達が守ってやらなきゃ……”
 今の彼女達では生き延びる事は難しいだろう。
 特に朝方、森で出会ってから眠ったままでいる彼女、矢口冴子(女子18番)は大きな怪我も負っている。
 プログラムの出発前、担当官である西郷に撃たれた右腕の傷。そして、更にもう一度同じ右腕を何者かに銃で撃たれたようだった。
 恐らく、あの時、走り去って行った女の仕業だろう。
 ”あの後ろ姿……”
 視線を冴子から正巳へと移した。
 一瞬、見ただけの記憶だが、あの後ろ姿は正巳の友人の一人によく似ていた気がする。
 あくまで推測でしかないが、殺し合いという状況の中で絶対という言葉はないだろう。
 真実がどうであれ、山口若菜には注意が必要だ。
 ここに来てから、あの18時の放送までの間に、若菜についての話題をそれとなく正巳に振ってもみたが。
 ───若菜ちゃん? 若菜ちゃんはねー、すっごく優しくて面白くていいコだよ。だから、大好き。若菜ちゃんも、葵ちゃんも、鈴子ちゃんも、梨香ちゃんも!
 そんな答えが返ってきただけだった。
 健二から見ても、若菜が殺し合いに乗るとは思えないが。
 ───人を信用するな。周りにいる奴は全員、自分を殺そうとしていると思え。
 出発前の西郷の言葉が頭に蘇る。
 自分が生き残る為に、仲間を守る為にも最大限の注意を払う必要がある。
 もっとも、そう考えた時、絶対に信用のおける人物などごく僅かしかいない事にも気付いてしまったのだが。
 ”仕方ないよな、生きるか死ぬかって時なんだ。だから、高村……”
 相変わらず膝を抱えて動かない正巳に向かって語り掛ける。
 もし、山口若菜が自分達を襲ってきたならば。
 ”俺は山口を殺すかもしれない……”
 拳をギュっと握り締めて、健二は窓の方に視線を飛ばした。
 窓の向こうには暗い夜空が広がっているだけだ。
 その闇の更に奥を健二は睨む。
 静かな決意。
 仲間と自分自身が生き残る為に、人を殺さざるを得ない瞬間が来たその時になって決して惑わないように。
 必ず守ってみせる。
 その結果、例え自分が人殺しになってしまうとしても。
 夜闇を睨んだ健二は、一人静かに決意する。
 仲間と共に生き残る為に。


                           ≪残り 30人≫


   次のページ  前のページ   名簿一覧   表紙