BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
67
一体、何処に行けば友達に会えるのだろうか。
見上げた夜空に親友達の笑顔が浮かんでは消えていく。
「会いたいよ」
小さく呟いた瞬間、自分が泣いている事に初めて気が付いた。
頬へと伸ばした指先に涙が触れる。
数時間前に、あれだけ大量の涙を流したというのに、放っておくと際限なく涙が溢れてきた。
何処へ向かえばいいのか、何をすればいいのかも分からない。
ただ親友達に会う為だけに、渡辺鈴子(女子21番)は今ここにいた。
夜の中に飛び出してから、何時間が経っただろうか。
その前は民家の中に身を潜めていたのだが、18時にあった定時放送が鈴子を突き動かした。
親友である葵の死。
耳にした瞬間は何が何だか分からなかった。
ただ、溢れ出してきた涙が、それが真実である事を告げたのだ。
それでも自分を見失いはしなかった。
零れ落ちてくる涙をそのままに、禁止エリアを聞き地図に書き込んだ。そうして、機械的な放送が終わってから、初めて鈴子は声を上げて泣いた。
どのくらい泣き続けていたのかは覚えていない。
いつしか悲しみは恐怖に変わっていた。
死への恐怖。喪失の恐怖。
これ以上、失いたくないと思った瞬間、鈴子は残された親友達を探す事に決めたのだ。
葵も自分達を探していたのかもしれない。
その途中で、誰かに殺されたのだろうか。殺し合いに乗った者に。
思考が起こした寒気に、鈴子は両手で自分の身体を抱き締めた。
”怖い……”
どうして、こんな思いをしなければならないのか。
自分の運命を呪いたくなってくる。
帰りたい。楽しかった日々に。もう決して取り戻せない時間。
もう戻れないと分かっていても、生き残れるのは一人しかいないと分かっていても、それでも、せめてもう一度だけでも会いたい。
五人が揃う事は、もう二度とないけれど。
”葵……どうして死んじゃったの……?”
自分を含めた五人の中の中心的存在だった葵。
しっかり者の委員長だったけれど、自分達と一緒にいる時は普通の女の子だった。
誰が葵を殺したのだろう。
絶対に許せない。葵を殺した人間だけは。
自分に人殺しが出来るとは思えないが、それでも仇を討ってあげたい。
多分、他の親友も同じ事を思っているだろう。
そう思った時、鈴子の頭の中に最も付き合いの長い親友の顔が浮かんだ。
”あんたもきっと……同じ事考えてるよね……”
小学校の頃からの付き合いだ。
考える事など顔を見なくたって分かる。
”若菜……。あんた、今どこにいるの?”
一人でいるのだろうか。それとも誰かと一緒にいるのか。
分からない。出席番号の離れている梨香と正巳はともかく、若菜と葵、そして自分の三人が合流するのは、そう難しい事ではなかったはずだ。だが、事実、今自分は一人でここにいる。何故、合流出来なかったのか。
葵が出発してから、若菜が出発するまでの間には三人しかいない。葵の性格から考えて、間違いなく若菜を待つつもりだったはずだ。
そして、自分の事も。
実際、出発前、待っているという意味を込めたような視線を葵は送ってきた。
鈴子自身、必ず若菜と葵は自分を待っていると思っていたのだが。
何かがあったのだ。
そのせいで自分を待つ事が出来なかった。
”でも、何が……?”
この状況で起こり得る事と言えば一つしかない。
何者かに襲われた。
そう考えるのが一番自然だ。
出発直後の一人でいた時か、もしくは若菜とだけは合流出来たのか。
分からないが、自分より前に出発した者の中に最低一人は殺し合いに乗った者がいる。
鈴子はそう考えていた。
いや、一人だけではないかもしれない。もう十二人ものクラスメイトが死んでしまっているのだ。
殺し合いをしているのは誰なのか。
想像もつかない。それでも、いざその時が来たら戦わなくてはならないだろう。
ポケットから小型の拳銃を取り出す。
黒光りするそれは本物の拳銃ではなかった。いわゆるモデルガンというやつだ。
本物の拳銃を支給武器として受け取った者もいるようだが、鈴子はモデルガンで充分だと思っていた。
拳銃など自分には扱えないだろうし、何よりそれを手に取った自分を想像する事が怖かったのだ。
少し強い風が吹いて鈴子の髪を凪いだ。
”早く探さなくちゃ……”
道の途中で立ち止まっていた足を再び動かし始める。
行く当てなど全くないが、歩き回っていればいずれは誰かに会えるだろう。
ちなみに今いるエリアはG−6である。
地図によると商店街がこことすぐ横のG−5にまたがって存在するらしかったが、それらしきものは見えない。どころか、先程からずっと森の中である。本当に商店街などあるのかどうかすら疑わしい感じだ。
そうして歩き続ける事、数十分。鈴子の視界に、ようやく森の終わりが見えた。
「神社だ……」
赤い鳥居の前で、鈴子は立ち止まった。
すぐ傍にある墓地が不気味な雰囲気を増長させている。
幽霊や心霊現象を特別信じているわけではないが、それでも何か得体の知れない恐怖を感じた。
”どうしよう……”
境内の方へ行こうかどうか。躊躇せずにはいられない。
”だ、大丈夫よ。お化けなんているわけないし。それに……”
誰かいるかもしれない。
一度、唾を飲み込むと鈴子は鳥居の奥へと足を踏み出した。
相当大きな神社のように思える。
真っ直ぐ進むと、すぐに小さな建物が見えた。
暗くてよくは見えないが、更にその奥に大きな建物が見える。
あの建物が本殿で、目の前の小さな建物はお堂のようだ。
本殿らしき建物を視界の端に映したまま、鈴子は目の前のお堂の前で足を止めた。
小さいとは言っても本殿と比べたらの話で、実際はそれ相応の大きさがある。
一瞬、躊躇しかけたが、唾を飲み込むと思い切って入口の扉をノックした。
反応はない。もう一度ノックしてみたが、やはり反応はない。
誰もいないのかもしれない。そう思い、恐る恐る扉を開けてみる。
一瞬、瞑ってしまった瞳を薄く開き、中を覗き込む。
人が隠れている様子はどこにもない。
誰もいなかったという事実に安堵すると、思わずため息が漏れた。
それから、一通り中を窺い、改めて誰もいない事を確認すると、きちんと扉を閉めてお堂に背を向けた。
やはり誰もいないのだろうか。
墓地も兼ね備えているというこのシチュエーション。
一人で身を隠すには気味の悪すぎる場所である。少なくとも、鈴子には無理だった。だが、逆に言えば、そんなシチュエーションだからこそ、大人数で身を潜めるには都合の良い場所のような気もする。
奥にある本殿と思える大きな建物へと瞳を向けた。
誰かが隠れている可能性は充分にある。若菜や正巳、梨香なら嬉しいが、他の者でもいい。信用出来そうな人間であれば。
そこまで考えてから、ここに来て初めて一人の男子の事が頭に浮かんだ。
二年生の頃からずっと好きだった男子の事を。
”池田君……”
きっかけはごくごく些細な出来事。
進級して二年生になったばかりの春先の事だった。
サッカー部に所属する池田一弥と同じ委員会になったのだ。
それまでは特に意識していなかったし会話した事自体ほとんどなかったが、お互い割と気さくな性格だったからかすぐに打ち解けて仲良くなった。
鈴子にとっては初めて出来た男友達と言っていい。
そんな鈴子が自分の気持ちに気付いたのはいつだったか。友達だと思っていた一弥の事を、いつも瞳で追っている事に気付いた。
もっとも、自分の気持ちに気付いたからと言って、それを口にする事は出来なかったのだが。
それでも、鈴子は今のままで充分だと思っていた。
告白して振られてしまうよりかは、このまま友達でい続ける方がずっといい。
そう思っていたのだが。
小さくため息を吐いて、自分の足下を見つめた。
このままでいいのだろうか。
生き残れるのは、たった一人。その一人になる自信など鈴子にはなかったし、それ以前に殺し合いに参加する気もなかった。
それは若菜達も、一弥も同様だろう。
そして、結局、生き残れるのはたった一人しかいないのだ。
それならば、いっその事、想いだけでも伝えてしまうべきなのではないだろうか。
振られるのが怖いとか、勇気が出ないとか、そんな事を言っている場合ではないのではないか。
”それでも、やっぱ……振られるのは怖いよ……”
夜の風に撫でられながら、鈴子は手櫛で髪をなぞり小さく苦笑した。
「臆病者……」
自分自身に向かって呟くと、鈴子は瞳を上げて、目の前の建物を見つめた。
神社内でも一際大きく建造されている本殿。
何処がというわけではないが、先程のお堂よりかは幾分風格があるように感じられる。
一瞬、躊躇しかけた足を一歩、一歩と動かし本殿内へと向かって行った。
階段を登りきった所にあった引き戸の扉を左右に開いて、鈴子は瞳を瞠った。
何があった、というわけではない。
ただ、突如目の前に現れた大きな仏像に瞳を奪われたのだ。
体中に無数の刀を突き立てられた不思議な仏像。
何を祈るのか。何を願うのか。仏像は不思議と泣いているように見えた。
そして鈴子自身の瞳にも、何故だか熱いものが込み上げてきている。
”どうして……?”
仏像に共鳴でもしたのだろうか。
自分でも分からなかったが、涙が止まらない。
何も考えられなかった。ただ悲しくて泣いた。葵の死が。友人達に会えない事が。ただ悲しかった。
しばらく、その場に立ち尽くしていたが、やがて止まらない涙を振り払うように仏像に背を向けた。
後ろ手で引き戸を閉め階段を下る。
何かに追われているかのように鈴子は早足で歩き始める。
神社から離れようと思った。
どこに行くというわけではなく、ただ神社から離れたかった。
普段よりも幾分早く足を動かして歩いていた鈴子だったが、ふと視界の端に映った物を見て足を止めた。
”お堂だ”
先程見たお堂とは別のお堂だ。
ここに来てようやく、自分が何をしに神社へと足を踏み入れたのか思い出した。
今度こそ誰かいるかもしれない。
そう思った時には既に足はお堂へと向かっていた。
さっきは誰もいなかったが、さっきはさっきだ。
”今度こそ……”
若菜が、正巳が、梨香が、一弥が、自分の会いたい誰かがここにいるかもしれない。
心臓の音が自分の耳にまで聴こえてきそうな程、大きくなっているような気がする。
自分の心音を聴きながら、鈴子はお堂の扉の前に立って、一度深呼吸をした。
先程のお堂の時と同じように一度軽くノックしてみる。
反応はない。もう一度。それでも、やはり反応はなかった。
”やっぱ、いない、か……”
やはり薄気味悪い神社などに隠れるような者はいないという事だろう。
半分は落胆の、半分は安堵のため息を吐くと、一応という感じで扉を開けてみた。その手が途中で止まる。
頭の中が真っ白になった。
「あ……あ、ああ……あ……」
無意識に奇妙な呟きを漏らした。
鈴子の視線は一点に集中し動かなかった。そこにあるものが現実のものであるのか、幻覚なのかも分からない。
それでも、それは今目の前にあるのだ。
いきなり力が抜けて地面に腰を落とした。それでも視線は動かない。動かせない。
お堂の中に、人はいた。
彼はもう生きてはいなかったけれど。
お堂の中央に横たわる血塗れの野々村武史から、鈴子は視線を逸らせない。
余りの恐怖に涙すら出てこない。
どのくらいの時間そうしていただろうか。
いきなり大粒の涙が溢れ出してきて、ようやく我に返った。
自分もいずれこうなってしまうのか。
恐怖心に耐えられずに立ち上がろうとしたが、腰が抜けてしまったのか、それすらもままならない。
それでもどうにかこの場から逃げ出そうと地面を這うような格好になった時、初めて別のものが視界に入った。
横たわる武史の身体の上に、何か黒いものが乗っかっている。
”髪の毛、だ……”
武史の身体の上には、赤いゴムで束ねられた髪の束が置かれていた。
それがまた鈴子の恐怖心を煽る。
髪の束。死体。乾ききった血の跡。
何もかもが気味が悪く、怖かった。
こんなところには、もう一秒だっていたくない。
鈴子は地面に両手をついて這ったままお堂を後にしていく。
”怖い、怖い、怖い、怖い、怖い! もう嫌……。助けて、誰か…。助けて!”
芋虫のようになりながら鈴子は必死に地面を這っていく。
途中で胃の中から込み上げてきたものを抑えられず嘔吐した。
自分の吐瀉物の上に涙が零れ落ちる。
強い風が吹いた。
赤い鳥居は、まだ見えない。
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