BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
69
───お前は狂ってる……。
いつか、自分が彼女に告げた言葉を思い出して、坂井友也(男子9番)は目を細めた。
お互い様だ。
どっちが、というわけではない。彼女も、そして自分も狂っていた。いや、狂ったまま今も生きているのだ。
”俺は狂ってる……”
「そろそろ行くぜ」
横からいきなり声をかけられた。
振り向くと、柴隆人(男子10番)がこちらを覗き込んでいる。
おかしな男だと思った。
これまで皆無と言っていい程、付き合いはなかったが不思議とウマが合う。
親父や、自分を庇って死んだあの男と同じ目をしていた。そして、多分、自分も同じ目をしているのだろう。
どこかに言い知れない暗さがある。
座っていた地面から先に腰を上げたのは隆人の方だった。
これから向かおうとしているのは、エリアで言うとA−4にあるらしい炭鉱跡という場所だ。
隆人が総合病院のナースステーションで見つけてきたという島内詳細地図を頼りに行けば、とりあえず迷う事はないだろう。
地図はかなり緻密で1エリアにつき1ページを丸々使ってエリア図が描かれていた。
全員に配布された地図とは雲泥の差がある。
配布された地図には書かれていない施設があったり、更には身を潜めやすいという場所に赤ペンでマーキングしてある程だ。
恐らく病院内にいた誰かの支給武器だったのだろう。
もっとも炭鉱跡に何か特別な物があるとは地図には書かれていなかった。隆人の気まぐれか、それとも別の意図があるのか。
どちらにせよ友也はしばらく隆人に付き合うつもりだった。
病院を離れる際、若菜達と共に行こうかと多少逡巡したが、結局隆人と共に行く事を選んだ。
隆人と再会した時、その事について何故かと聞かれた。それに対して、面白いからと答えたが本当は他にも理由がある。
最初に森の中で出会った時から感じていたが、隆人はどこか危ういのだ。
どこが、とは言い切れない。
ただ、何となくそれが分かるのだ。
もしかしたら、自分と同種の人間なのかもしれない。
”何者だ、お前?”
隆人は真剣な表情で森の奥に目を向けている。
その目が本当に見ているものは何か。暴いてやりたい気分になる。
それも、いずれ分かるだろう。
隆人がどういう人間であれ、自分にとって好きなタイプである事は間違いない。
理由は分からないが、こういう目をする人間が友也は嫌いではなかった。
「何見てやがる?」
自分の視線に気付いた隆人が口を開いた。
「ただの人間観察さ」
「ふん。暇な野郎だ」
「観察の結果を聞かないのか?」
「お前は虚言癖がありそうだからな」
隆人がにやりと笑う。
「腹黒い。そのくせ嘘が吐けない。そのせいで身を滅ぼすタイプだな」
「何故、そう思う?」
「俺の好きなタイプだからさ」
「そっちの趣味はないぜ、俺は」
「否定しないんだな」
真正面から隆人の顔を射抜くように見つめた。
隆人も真顔でこちらを見据えている。
殺気。
額に汗が滲んでくる。
しばらく睨み合い、やがて隆人の方が先に折れた。
「やめようぜ。今、お前とやり合っても仕方ねえ」
隆人が口端に笑みを作って見せた。
「そうだな。仕方ねえな、今は」
友也も隆人に笑みを返して見せる。
「全く、お前といると退屈しない」
ひとり言のように呟いて、隆人は再び歩き出す。
煙草を取り出して一本火を点けると、友也もすぐに隆人の後を追った。
病院で見つけた詳細地図を頼りに歩けば、相当な時間短縮になるだろうが、それでも炭鉱跡まではかなりの距離がありそうだ。
このまま何もなく辿り着いたとしても次の放送の時間は過ぎているだろう。
ただでさえ視界不良な森の中を歩かねばならない上、いつ誰に襲われるとも限らない。
下手をすると、到着は昼頃になってしまう可能性すらある。
黙々と歩いていた隆人が足を止めたのは、それから一時間近く経ってからだった。
「どうした?」
「視界が悪すぎると思ってな」
持っていた詳細地図と前方を交互に見ながら、隆人が告げた。
「地図があっても周囲の景色がこうも変わらんと道にも迷うってもんだ」
「まあ仕方ねえな。ずっと歩いてりゃいつかは別の景色にぶち当たるだろう」
「楽観的な野郎だ。お前みたいなタイプの人間が堕ちていくんだろうな」
隆人は笑っている。
「落ちるって何に?」
「その落ちるじゃない。堕落するって意味だ」
手にしていた地図をしまった隆人が、こちらに顔を向け口端に笑みを作った。
「堕落、ね」
「ああ。さっきのお返しさ。俺なりの人間観察ってやつだ」
「半分、当たってるかもな」
「認めちまうところがうさんくさいな。まだ堕落してるってわけでもなさそうだ」
そう言って踵を返すと、止めていた足を動かしながら隆人が更に続けた。
「堕落って言葉にも幾つか意味があると思わねえか。例えば女でとか酒でとか。他にも色々とよ」
「さあな。俺の国語の成績知ってて聞いてんのかよ。分かるわきゃねえだろ」
「お前の成績なんて知らねえよ。腕っぷしは大したもんだったが、頭は弱かったのか」
隆人が声を上げて笑い出した。
「まあ良かったじゃねえか。今の状況なら勉強が出来るより、腕っぷしが強い方がいいしな」
「ちっ。殺したくなってきた」
「危険な発言だな。今のをやる気じゃねえ奴が聞いてたら、間違いなくお前はブラックリストだぜ」
楽しげな隆人とは裏腹に、友也は思わず足を止めて周囲を見回してからため息を吐いた。
「俺には、お前の方がよっぽど楽観的に見えるがね」
「そう。当たってるぜ、坂井。似てるのさ。俺とお前は」
隆人がこちらに顔を向ける。また口端に笑みを浮かべた独特の表情をしているだろうと思ったが、意外にも真剣な表情をしていた。
似ている。そうかもしれない。
確かにこの男はどこか自分と通じるものがある。それが、はっきりと何であるとは言い切れないのだが。
「もう一人、俺達に似てる奴がいた」
真顔のまま隆人が告げる。
「赤坂有紀。あの女も俺やお前と似たところがあった」
隆人が病院内で有紀と会った事は既に聞いていた。だが、ここでまた有紀の名を聞くとは。
「俺とお前と赤坂、ね。どこがどう似てるって?」
「俺にもよく分からんよ。何となく、そう思っただけでな。それに似てるって言っても表面上の話だ。他人の心なんざ、そいつ以外誰にも分からない」
そう言うと、隆人がまた口端に笑みを浮かべた。
作り笑いだ。
「病院で赤坂はお前を探してた。お前らどういう関係だ? 意外と隠れて付き合ってでもいたのか?」
「まさか。お互い、共通の知り合いがいたってだけの話さ」
返すように隆人に作った笑みを向けた。
「そうか。良かったよ。お前と赤坂じゃ暗すぎる。暗い者同士のカップルなんてたまらねえと思ってたところだ」
「余計なお世話ってやつだな」
「まあ、そう言うな。話題提供ってやつだ。黙々と歩くのにも飽きたしな」
隆人がまた踵を返して歩き出す。
その背中に、病院を後にする時に見た若菜の背中を重ねた。
自分の左耳に触れてみる。
片時も離さず身に着けていたシルバーのピアス。それももうない。
あれは証だった。
自分と彼女を繋げる唯一の証。
「何してる? 置いてくぞ」
既に少し歩いていた隆人が振り返っている。
「ああ。けど、俺が必要なんだろ」
再び足を動かしながら告げた。
「いざとなりゃ変わりを探すさ」
「身代わり候補の名前でも聞いておこうかな。そいつの方が役に立ちそうだからって理由で、いきなり殺されたんじゃたまらねえし」
「西村、菊池、大島辺りは使えそうだな」
考えるような仕草をしながら隆人が笑った。
「菊池は、まあ無理だろうな」
「そういや、山口達と一緒にいたな。妙な組み合わせだったが」
病院で一緒に行動した菊池達の事を思い出した。意外にも義人がリーダーシップを発揮していて最初は驚いたものだ。
「西村はもっと無理だな。あの実直そうな野郎が、お前みたいな怪しい奴とつるむとは思えねえ」
「仕方ねえな。俺にゃお前程度が丁度良いって事か」
隆人が笑って言ったが、ふと別の男の事を思い出した。今、自分の目の前にいる隆人が余りにも話さないので忘れていたが。
「田中はどうなんだ? ダチなんだろ?」
男子13番の田中敦宏。そして、あの病院で既に命を落としていた真島裕太。
この二人と隆人はいつも一緒にいた。
「最初に言った通り、あっちゃんには荷が重い。裕太にもな。それにあいつ等は友達だからな。万一の時に盾に出来る奴じゃないと俺が困る。友達を盾には出来ねえだろう?」
「俺なら弾除けに丁度良い、か」
「そういう事だ」
笑みを見せて告げる隆人が敦宏や裕太と一緒にいる時、どのような表情をしていたか思い出そうとしてみたが、結局何も思い出せはしなかった。
クラスメイトとは、その程度の付き合いしかしてこなかったのだから仕方がないと言ってしまえばそれまでだが。
「そういや、お前はいつも一人でいたよな。暗い野郎だと思ってたぜ。ていうか、ほとんど学校来てなかったしな」
「孤独癖があってね」
苦笑しながら友也が言うと、隆人が興味深そうな目をした。
「学校休みまくって何やってたんだ? 女遊びでもしてたか?」
「人間観察さ。人間の在り方ってのを観察してた」
「やっぱ、うさんくさいな、お前は」
ただの人間観察。良く出来た例えだ。
実際に自分達がやった事を知ったら、さすがの隆人でも驚くだろうか。
───や、やめてくれ! 頼む!
血だらけのまま逃げる男。
───ふん。諦めろ。
腕を組んで見下ろす男。
───わ、悪かった! 謝るよ! 金ならやるから!
財布をこちらに突き出してくる男。
───あほくさ。もう行こうぜ。
その財布を手にして金を数える自分。
───死ねよ。
血だらけの男の顔にナイフを突き立てる女。
世界が歪んでいるのか、それとも自分達だけが歪んでいるのか。
「どうした? ぼーっとして」
怪訝に思ったのか、隆人の顔は真顔になっている。
「いや、俺らが生きてる世界からしてうさんくさいって思ってな」
「世界ね。また壮大な話になったもんだ」
「こう見えてロマンチストなのさ」
隆人が声を上げて笑う。
「孤独癖で人間観察が趣味の暗いロマンチストか。ふざけた野郎だ」
散々な言われようだと思い苦笑しながら、友也は煙草を取り出して火を点けた。
”ロマンチスト、か……”
吐き出した煙の向こうに、真っ直ぐな瞳をした少女の微笑を浮かべた。
今でもこんなに想っている。
記憶の中の少女を見つめながら、友也はまた苦笑した。
本当にロマンチストになってしまっても仕方がない。
「行くぜ、柴」
咥え煙草のまま友也が促がすと、笑っていた隆人がようやく歩き出した。
目的地の炭鉱跡までは、まだしばらくかかりそうだった。
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