BATTLE
ROYALE
〜 LAY DOWN 〜
71
眠いという意識は全くなかった。
眠りにつく事を無意識に怖がっているのかもしれない。
そのまま目覚める事がなかったら、と思うと。
そんな事、あるわけないと思いたいが、それすらありえてしまうのが今の状況だった。
最も、今はそれが逆にありがたかったのだが。
それにしても、死の恐怖というものは、ここまで人間をおかしくしてしまうのか。
人間の生態リズムまで狂わせる。
自分で考えた事実に池田一弥は思わず身震いした。
必死に冷静を装ってはいたが、さすがの一弥も疲労感で一杯なのだ。
自分のすぐ傍では夏季が膝を抱えて蹲っている。
少し前までは怯える夏季を励まし続けていたのだが、余りにも聞く耳を持たない為、しばらく放っておく事にしていた。
相棒とも言える健二は今は会議室らしき部屋で見張りをしている。
見張りと言っても窓から外の様子を監視するだけだ。しかも、窓は一箇所しかない為、監視出来るのは一方向だけとなる。要するに別の方向から近付いて来られたら、あっさりと侵入を許してしまいかねないというわけだ。それでも何もしないよりはマシだろう。
実際にはもっと広範囲を監視したかったが、一緒にいる仲間の都合上それは無理な話だった。
負傷して眠り続けている冴子に、精神的に脆くなっている夏季と正巳。
仲間とは言っても冷静な行動が出来るのが自分と健二だけでは余りにも心許無い。
この状況を打破する為の方法を自分なりに考えようとしてはみるものの、これといって良い案は浮かんではこなかった。
”けど、それじゃダメなんだ”
自分で考えて、自分で行動しなくては。
仲間を守る為に。
そして、皆で脱出する為にも。
”考えるんだ。きっとオーケンも考えてるはずだ”
そして、今この場にはいない頼れる友人である涼も。
とにかく今の状況をまとめようと思って、一弥はここに至るまでの経緯を振り返ってみた。
まず、健二と自分。そして夏季、正巳の四人は確実に信頼出来る仲間と思っていい。
出会ってからずっと眠り続けている為、冴子に関しては何とも言えないが、普段の生活態度を見ても殺し合いに乗るとは思えない。
自分の友達でもある西村涼、野坂啓介、花田良平、平本渡の四人はどうだろうか。
とりあえず涼が殺し合いに乗るなどという事は絶対にあり得ない。これだけは自信を持って言える。
実際、出発前のあの教室での事を思い返してみれば、涼が殺し合いに乗ると思う者などいないだろう。
他の三人はどうか。
最初に考えたのは啓介の事だった。
テニス部のレギュラーとして活躍する運動神経抜群の明るい男だ。
普段だったら涼と同じレベルで信頼出来ると言っていいが、恋人である絵里が先の放送で死者として名を呼ばれてしまっていた。
その衝撃は計り知れないだろう。だからと言って殺し合いに乗るとは思えないが、果たして冷静を保っていられるのだろうか。
次に良平はどうだろう。
少し気分屋のところはあったが、ごくごく普通の男だった。あえて言うなら夏季に似たタイプだろうか。
運動神経はお世辞にも良いとは言えないし、何よりやはり殺し合いに乗るようなタイプではない。
最後の一人、渡はどうか。
やはり先の二人同様に殺し合いに乗るとは思えない。
夏季や良平同様に運動神経には余り恵まれていないし、それに何より仲間内でのムードメーカーとも言える面白い男だ。
しかも頭の良さは学年でもトップクラスと言える。
もしかしたら、涼より先に渡が脱出案を見出すかもしれない。
そう考えてみると、やはり自分の友人達は絶対に大丈夫だと言い切って良いだろう。
他のクラスメイト達はどうか。
怖いのはやはり菊池を筆頭とした不良グループである。
彼らの仲間の一人である神田文広はもう既に死んでしまっているが危険である事には変わりない。
他には、と思ったところで夏季がいきなり「あっ」と声を上げた。
「何だよ、どうした?」
「い、今、何か入口の方で音が……」
「え?」
夏季は怯えた表情で入口の方へと目を向けている。
今、一弥達がいる位置からは入口の扉は見えなかった。
入口の扉は、この部屋を出てすぐの所にある。
この役場は入ってすぐの所に受付カウンターがあり左右に小さな会議室らしき部屋がある。
左側の部屋の奥は物置のような部屋があった。一弥と夏季が今いる場所は右側の部屋で、更に奥の部屋に健二達三人がいるのだ。
「ど、どうしよう……」
夏季が震えた声で呟く。
どうするもこうするもなかった。
「とにかく行ってみるしかないな」
「こ、怖いよ、俺」
「夏季はオーケンに知らせてきてくれ」
小さく夏季に向かって頷き、一弥は入口の方に目を向けた。
確かに誰かの気配がある。
やる気ではない事を祈るばかりだが、最悪の場合も想定してVZ61スコーピオンという名のサブマシンガンを手に取った。
このサブマシンガンは健二に支給された武器である。
今は入口に近い部屋にいる方が持つ事にしていた。
「夏季」
「う、うん」
早く行くよう促がすと、夏季は静かな足取りで奥の部屋へと向かって行った。
一弥も入口へと足を進める。
こちらにはマシンガンがあるのだ。仮に殺し合いに乗った者だとしても、さすがにマシンガンの前では撤退するしかないだろう。
扉の前で一度だけ立ち止まり唾を飲み込んだ。
”よし……”
「誰だっ!」
言葉と同時に扉を開け、目の前にマシンガンの銃口を突き出した。
一瞬、瞑ってしまった目を開け、前方を見つめた。
呆然とこちらを見つめているのは女子である。
それが誰であるのか、すぐには気付けなかった。
気付いたのは、その少女が両手を挙げて戦意がない事を示してからである。
「撃たないで……」
その言葉でようやく一弥は銃口を降ろし、正面から彼女と向き合った。
「悪い。やる気の奴かもしれないと思って……」
「ううん。いいの。仕方ないもの。こんな状況じゃ」
「ありがとう」
一弥が言うと、彼女も小さく微笑した。
教室にいる時と同様、優しい穏やかな微笑で崎山花子はそこに佇んでいる。
「マジでごめんな」
「ううん。気にしないで。あっ」
花子が声を上げたのと同時に一弥は後ろを振り向いた。
「だ、だ、誰だ?」
「大島君」
いつの間にか健二が一弥の真後ろに立っていた。
「崎山だよ、オーケン」
「そ、そうか。お、俺だけじゃないぜ。な、夏季と矢口と高村も一緒だ」
「そう」
「崎山は一人なのか?」
一弥が言うと、花子が小さく頷いて答えた。
「たた、大変だ、だったろう。お、俺達とい、一緒にい、いないか?」
どうやら花子が安全だと分かった事で、またいつもの対女子緊張状態に戻ってしまったらしい。
健二は男家庭で育ったせいか、女子と話すと極端に緊張してしまうのだ。
どもりながら言う健二を見て、思わず一弥は笑いそうになったが、何とか堪えて花子に向き直った。
「無理にとは言わないけどさ、仲間は多い方がいいし一緒にいないか」
「そうね。皆が受け入れてくれるなら、是非そうさせてもらうわ」
「よ、よし。じ、じゃあ、こっちに来てくれ」
健二が先に背を向けて、元いた部屋の方へと戻っていく。
「奥に矢口さん達がいるの?」
「あ、ああ」
いるとは言っても冴子は寝たきりだし、正巳は未だ憔悴したままである。夏季はまだマシな方だが、それでも相当参っている事は一目瞭然だ。
一弥にとって、どうにか冷静を保っているように見える花子が仲間になってくれた事はありがたい事だった。
花子を伴って部屋に戻ると、夏季が奥の部屋から戻って来ていた。
どうやら自分と健二の身を心配してくれたようだ。
「あ……崎山さん……?」
驚いたような表情で呟いた夏季に向け、一弥は笑って頷いた。
「ああ。何て顔してんだよ、お前」
「だ、だって……」
「矢口さんと高村さんは?」
会話を遮るように花子が口を開いた。
「あ、奥の部屋に……」
「や、矢口はけ、怪我してて、ね、眠ったままなんだ。たた、高村も放送で、も、森川が呼ばれたろ。そそ、それで……」
「そう、なんだ」
花子はすぐに二人の現状を理解してくれたらしい。
「と、とりあえず、い、今まで、だ、誰かに会ったとか、そういうの教えてくれないか?」
対女子緊張状態のままながら、健二が冷静に促がす。
それに対して花子が何か言いかけたのと同時に、夏季が声を上げた。
「ね、ねえ……」
「何だよ、夏季?」
訝しく思って、夏季の方へと目を向ける。
その夏季はというと、まじまじと花子に目を向けていた。
「さ、崎山さん……髪、切った?」
一弥は思わず脱力しそうになった。
この状況で髪を切ったかどうかなど余りにもどうでもいい事だ。
「髪なんて今は───」
そこまで言いかけて一弥もその事実に気付いて花子を振り返った。
「さ、崎山さんって昨日まではもっと───」
「髪……長かったよな……」
夏季の後を受ける形で、一弥が呆然と呟いた。
当の花子は黙ったまま、こちらを見つめている。
確かに夏季の言う通りだった。
侵入者がやって来たのかもしれないという状況で極度の緊張状態だった事と、普段から全く花子との付き合いがなかった為か、今の今まで全く気付かなかったが。
花子の髪は明らかに昨日より短くなっていた。
これまで全く花子と接点がなかった一弥や夏季ですら分かってしまう程に。
つい昨日、修学旅行に出発する前、いや、出発してプログラムに巻き込まれた事が分かり、あの教室で説明を受けている時よりも、はっきりと分かる程に花子の髪が短くなっていた。
背中まであったはずの花子の黒髪は、今は肩にようやく届くかどうかというくらいの長さになっている。
「さ、崎山……」
思わず唾を飲み込んで、花子を凝視した。
「切ったのよ、髪」
事も無げに花子が告げた。
そんな花子を見つめたまま、一弥は唾を飲み込んだ。
つい今しがたまで冷静を保った心強い味方が出来たと喜んでいたというのに。
沈黙が走る。
何か言葉に出来ない不安が一弥を支配し始めていた。
「お前、何だ?」
沈黙を破ったのは健二だった。もう対女子用の緊張した状態ではなくなっている。
「どういう意味?」
健二は至極緊迫した表情のまま、花子を睨むように見つめているだけだ。
恐らくは健二自身にも分からないのだろう。
花子は何か危うい。
第六感がそう告げているとしか言いようがないのだ。
また沈黙が走りかけたが、花子自身によってそれは破られた。
「そう……。仕方ないわ。信じてもらえないんじゃ、大島君達の仲間にはなれないわね……」
健二はまだ黙ったままだ。
「迷惑かけてごめんなさい」
小さく呟くと、花子は踵を返してこの場から立ち去ろうとした。
その瞬間、奥の部屋からガラスを叩き割るような大きな音が響いた。同時に健二が奥の部屋へと駆け出す。
「オーケン!」
一弥もすぐに健二の背中を追って駆け出した。
健二が奥の部屋の扉を開けるのと同時に室内へと飛び込んだ。
狭い会議室のようになっていた部屋の窓ガラスは無残に叩き割られていた。
強い風がそこから吹き込んでくる。
その割れた窓を背に男が一人立っていた。
割れた窓から吹き込む風が室内に吹き込んでくる。
口端に余裕の笑みを湛えた男は、静かにこちらを見据えていた。
≪残り 30人≫