BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


74

 森中に銃声が響く。
 残響に被せるようにして、省吾は悲鳴を上げた。
 右足に激痛が走る。だが、地面に転がっているわけにはいかなかった。
 痛みを堪えて根性で立ち上がると、すぐに近くにあった大振りの木の陰へと移動する。
 ”クソ。やべえ……”
 直感が自らの死が目前に迫っている事を告げていた。
 自分が潜んでいる木の向こう側には、小柄な少女の姿。
 銃を構えた早田智美は、じっとこちらを見つめているが動こうとはしない。
 一瞬の事とはいえ、冴子に意識を集中したのが裏目に出てしまった。
 逃げ出した冴子を呼び止めようと声を上げた。その瞬間、智美が自分に発砲したのだ。
 冷静に考えれば、智美は冴子に銃を向けていたし殺し合いに乗っている事は分かっていたのだが。
 完全に智美を見くびっていた。
 この状況を招いたのは自分の甘さという事か。
 それは、あの病院で柴隆人と戦った時にも思った事だったが。
「早く撃ってみろや! それとも、土壇場でびびって撃てねえってか!」
 挑発の叫び。
 このまま智美が動かないままでは、自分もどうする事も出来ない。
 背を向けて逃げるという発想は初めからない。
 自分にとっては逃げるイコール死と同様なのだ。
 ”俺に負けはねえ……”
 一か八かの賭けだ。
 自分自身でも何度か銃を撃ってみて分かった事だが、反動というものは相当なもので、撃った後に必ず隙が出来る。
 それは自分然り、あの病院で戦った関口も同様だった。
 一瞬の隙。智美から銃を奪うには、その瞬間に賭けるしかない。
「おら! どうした! びびってんじゃねえぞ、クソアマが!」
「黙って震えてろ、ガキ」
 そう言うと同時に、智美がこちらへと歩み寄って来る。
 ”何する気だ?”
 足を動かしていた智美が嘲笑の笑みを浮かべる。
「木に隠れて強がったって全然怖くねーんだよ、バーカ」
「てめえっ!」
 思わず木の陰から全身を踊りだしていた。
 銃声。
 撃たれた。そう思ったが、すぐに痛みがない事に気がついた。
 智美が外したのだ。
「はっ! 俺の勝ちだ!」
 地面を蹴って、智美の眼前へと迫る。
 智美が飛び退って後方へと逃げた。そう思った。智美の口が歪んだ笑みを形作る。
 その笑みの理由が視界に入る。勢いのついた足は止まらない。
 何か鋭利な刃物が自分目掛けて振り下ろされる。
 血飛沫が飛ぶ。
 自分の血液。
 ギリギリのところで身を捩り致命傷には至らなかったが、プライドは粉々に砕かれた。
 痛みというより悔しさが、腹の底から叫びを上げさせる。だが、智美は止まらない。すぐに引き抜いた刃物を再び振り上げる。
「早田ぁーーーっ!」
 笑う智美に全身でぶつかっていく。
 小柄な智美の身体が後方へ吹っ飛んで地面に転がったが、すぐに体勢を立て直してしまう。ほぼ同時に省吾が追いついた。
 膝立ちの状態の智美の右手には、もう銃は握られていない。
 タックルした時にその場に落としてしまったようだ。
 省吾の肩口を抉った小型のナイフのような物も同時に落としてしまったのか、智美の手にはもう何も握られてはいなかった。
 こちらを睨み上げる小さな少女を見下ろしながら、省吾は口を開いた。
 死の宣告をする為に。だが、言葉が言葉として発せられる前に、その口は閉じざるを得なくなってしまった。
 金的。素早く立ち上がった智美が、省吾の急所を思い切り蹴り上げたのだ。
 更に追い討ちをかけるように右腕を取られ思い切り捩じ上げられる。
 智美の笑い声。
「うざってえ右腕ぶち折ってやろうか」
 骨が軋む音。
 さすがの省吾もこれには堪らず悲鳴を上げそうになったが、それよりも自らの意地が勝った。
 雄叫びを上げ様、捻り上げられている自分の右腕ごと智美に体当たりをかます。
 激痛が全身を駆け巡った。右腕が折れたかもしれない。
 そのままもつれるようにして二人して地面に倒れ込んだ。そして、またすぐに二人同時に立ち上がる。
 痛みを堪える為に肩で息を吐きながら、目の前の智美に睨みを利かせる。
「クソアマが……」
 まともな女ではない。動きがそれを物語っていた。
 少なくとも今この瞬間に至ってまで、自分より優位に立っていた事は間違いないのだ。
「殺してやるよ、てめえ」
 返すように、智美が嘲笑の笑みを浮かべた。
「へえ。お前が? どうやって?」
「こうやってだ!」
 言い様、智美と向き合う体勢のまま後ろに飛び退いた。地面に視線を投げる。その先にそれはあった。
 ようやく省吾の狙いに気付いたのか、智美が地面を蹴って向かってくる。
「おせえよ、馬鹿が!」
 言うより早く地面に落ちていた銃を左手で拾い上げ、すぐさま智美へと銃口を向け引き金に指を掛けた。
「死ね」
 そう言ったが、銃声にかき消されたかもしれない。
 銃声が響く。
 元々が右利きな為か、上手く狙いを定められなかった。
 智美に命中はしていない。
 それが分かると同時に地面を蹴ろうとして足を止めた。予想外の動きに目を剥いてしまう。逃げ出すと思っていた智美が、全く怯む事なくこちらへと向かって来たのだ。
 省吾がもう一度、銃を構えるよりも智美が目の前に現れる方が一瞬早かった。
 右足の蹴りが飛んでくる。
 バックステップでどうにかかわしたと思った瞬間、何か固い物を叩き付けられた。一瞬、視界が塞がる。智美の笑い声。股間に衝撃が走った。金的。意識が一瞬、そちらに集中してしまう。智美がタックルをかましてくるのが見えた。次の瞬間には、省吾は地面に倒れこんでいた。
 そんな自分の上に馬乗りになった智美が声を上げて笑い始める。
 森中に響き渡るかという程の大きな笑い声。
 自分の上から叩き落そうと身体を動かそうとした瞬間、顔面に強烈な衝撃が走った。血飛沫が飛ぶ。智美の拳。また顔面に拳が振り下ろされる。智美はまだ笑い続けている。智美の右手に何かが握られているのが見えた。それが石であると分かったと同時に、また拳が叩き込まれる。呻き声を上げる暇もない程、次から次へと拳は飛んできた。顔だけではなく喉や腕にもだ。その間にも、智美の笑い声は延々と聞こえ続けている。それがようやく収まったのは、もがき続けた末、馬乗りになっていた智美がどうにかバランスを崩した時である。
 勿論、この隙を省吾が見逃すわけはなかった。全身に力を入れ、智美の小さな身体を弾き飛ばす。すぐに立ち上がり、ずっと離さず握り続けていた拳銃の銃口を地面に転がった智美へと向けた。
 次の瞬間には、もう引き金を弾いていた。だが、それより一瞬早く、転がったまま智美はその場を移動していたらしい。
 銃弾が飛んだ場所から、体一つ分、離れた場所で智美は立ち上がった。
 肩で息をしながら、智美がこちらに視線を向けてくる。その顔に、また歪んだ笑みが走った。
「狂ってんのか、てめえは」
「かもな」
「死ねよ、異常者が」
 もう一度、銃口を向けようとした瞬間、智美が地面を蹴った。
 こちらへと向かって来る。だが、今度は省吾に向かって来たのではなかった。省吾の横に転がっていたデイパックを拾い上げて、そのまま森の奥へと走り去って行く。
 どうやら先程、最初の攻撃である右足の蹴りの直後に叩き付けられた物は、智美のデイパックだったようだ。
「に、逃がすか、クソアマがぁーーっ!」
 叫びながら、智美の背中を追いかける。
 逃げる智美が途中で一度、こちらを振り返った。
 歪んだ笑い。
 それが癇に障って、もう一度引き金を弾いた。先程以上に距離があった為、当然のようにあらぬ方向へと飛んでいってしまう。
 舌打ちして、更に追いかけようとして止めた。
 もう既に智美の姿は見えなくなっている。
 智美の姿が消えた森の奥を睨み付けたまま、血の混じった唾を地面に吐き棄てた。
 顔中が熱を持っているような気がする。
 殴られ過ぎたせいで少し意識が朦朧としているような気さえした。
「クソッタレが……」
 あくまで戦いを放棄して逃げ出したのは智美の方で、自分は勝ち負けで言えば勝ったと言える。だが、省吾の心中は悔しさと敗北感に塗れていた。
 当然だ。すぐに殺せると思った相手。それも女にこれ以上ない程、殴られたのだ。しかも、智美は戦闘中ずっとあの歪んだ笑みを浮かべ続けていた。余裕があったとでもいうのか。
「あのアマ、必ず殺してやるぜ……」
 踵を返して歩き出した時、ふと地面に落ちていた光る物を見つけ足を止めた。
 省吾の肩の肉を抉った智美の武器は包丁だったようだ。
 支給された武器が今自分の手元にある拳銃だったなら、この包丁はどこかで調達して来たのだろうか。
 それとも、誰かを殺して奪ったのか。
 そんな事を考えながら、地面に落ちていた包丁を拾い上げ、思い切り森の奥へと投げ捨てた。
 あの異常な女ならば既に誰かを殺していたとしてもおかしくはない。だが、一体誰を殺したのか。
 ここまで放送で名前を呼ばれた死者は十二人。
 その内、省吾自身が殺害したのは安藤勝。そして恐らくは、木内絵里もあの病院で自分に撃たれた傷が元で死んだ可能性が高い。
 では、他の十人は誰が殺したのだろうか。
 武器や水と一緒にデイパックに入って支給されたぐしゃぐしゃのクラス名簿をポケットから取り出し、ボールペンで黒く塗り潰された名前を目で追った。
 ”真島、赤坂、工藤、森川、岡沢、紺野───”
 自分以外の者に殺された十人中、六人までもがあの病院にいた。
 恐らくはあの病院で殺されたのだろう。誰の仕業かまでは分からないが。
 そこまで考えて省吾は、もう一度、血の混じった唾を地面に吐いた。
 ”誰が殺ったかなんざ、どうでもいい”
「俺に負けはねえ」
 智美は勿論、関口にも隆人にも友也にも。そして。
「待ってろよ、菊池……」
 虚空に向けて銃を構え引き金を弾いた。
 銃声が辺りに轟く。
 銃口から立ち上る白い煙を見つめて、省吾は野獣のように雄叫びを上げた。
 叫びが森中に響き渡る。
 小柴省吾という名の野獣の叫びは、しばらくの間、暗い闇の中で響き続けていた。
 

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