BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


79

 頭で考える前に、身体が動いていた。
 射撃の腕に自信があるわけではなかったが、今撃たなければ若菜は確実に殺されてしまう。
 慎重に狙いを定めている余裕などない。
 大きく咆え声を上げ、関口はその黒い銃口を三代へと向ける。
 顔面に照準を合わせ、いざ引き金に指を掛けた。瞬間、別の人間が三代の前に躍り出た。
「若菜ちゃん!」
 飛び出して来たのは正巳である。
 覆い被さるようにして若菜の上に身体を重ねた。同時に、三代は若菜から離れ近くの木の陰へと身を隠した。
”この馬鹿!”
 舌打ちすると同時に地面を蹴って、関口は正巳の前へと飛び出した。
 三代が隠れている木の方に一発威嚇射撃をし、それから正巳に向かって告げる。
「山口連れて早く逃げろ!」
 叫ぶように言ったが、聞こえていないのか正巳は動かない。
「高村!」
 言うと同時に、もう一度引き金を弾いた。
 このままでは自分まで殺されてしまいかねないという状況に次第に苛々が募ってくる。
 先程の決定的チャンスを不意にされただけでも頭にきているというのに。 
「邪魔だっつってんだ! 早くしろ!」
 言い終わると同時に地面を蹴って三代へと向かっていく。
 視線の先。
 近付いて来るのを待っていたのか三代が木の陰から飛び出してきた。
 視界に丸い銃口が映る。
 笑う三代と視線がぶつかった。
 銃声。
 聴こえたと思った瞬間、左半身に強烈な衝撃が走る。
 気付いた時には、地面に腰を落としてしまっていた。
 無意識に右手で左腕を抑えると、べっとりと血が絡み付いてきた。
”まずい。銃は?!”
 左手に持っていたはずの銃がない。撃たれた時に落としてしまったのか。
 焦って周囲を見回すと、少し離れた地面の上に転がっている拳銃が視界に入った。それと同時に新たな人影が目の前を通り抜ける。落ちていた銃を拾い上げて目の前を駆け抜ける女。
「崎山!」
 反射的に名を呼んだ。同時に、正巳の後頭部に銃口を押し付けた花子がこちらを振り返る。
「終わり、だな」
 別の方向から声が聞こえたが、関口は振り向かなかった。
 振り向かなくても、その声が三代のものである事は分かっていたから。
”クソ……”
 この絶体絶命の状況を切り抜ける方法。
 何かないのか。
 必死で頭を回転させるが何も思い浮かんではこない。
 とにかく若菜だ。若菜さえ助けられれば、正巳などどうなっても構わないのだ。
”何か……。何かねえのか……”
 若菜を助ける方法。
 顔を歪めさせ、必死に頭を捻っていた関口の耳に、三代の声が響いた。
「安心しろ。まだ殺さんよ。お前には聞きたい事があるからな」
 見上げるように三代を睨み付けた。
「関口。お前は知ってるか? 野々村を殺した奴の事を」
”野々村……だと……?”
 一瞬、唾を飲み込んだ。
 知っているどころの騒ぎではない。
 自分は正にその瞬間を目撃しているのだから。
 夕子が武史を殺したあの瞬間を。
「知らねえな」
 直感が真実を話してはならないと告げているような気がした。
「本当にか?」
「でけえ図体に似合わず、しつこい野郎だな。知らないんだからしょうがねえだろ」
 出来るだけいつもの調子、いつもの話し方を意識して口を開く。
 結果、揶揄するような物言いになったが、この方が自分らしい気がした。
「だ、そうだ。どうする、崎山?」
「任せるわ」 
 花子は相変わらず正巳に銃口を押し付けたままだ。
 状況が把握し切れなかったが、とにかく事態はまるで好転していない。
 やろうと思えば、花子は即若菜と正巳を殺せるし、三代は自分を殺せる状況なのだ。
 しばらく、考え事をするような仕草をしていた三代がややして口を開いた。
 その口元は笑みの形に歪んでいる。
「いい事を考えたぞ、崎山」
 花子の方に一度目を向け、すぐにこちらへと視線を戻す。
「ゲームをしようじゃないか」
「ゲーム……だと?」
「ああ。高村と山口を助けたいんだろう?」
 こちらを見下すように笑う三代を睨み上げながら関口は舌打ちした。
「ルールは簡単だ。時間内に野々村を殺した奴を探し出して俺達の前に連れて来い。出来なきゃ二人を殺す」
 目を瞠って、関口は思わず自分の背後に目を向けた。
 先程までと同じように正巳に銃口を向けて立っている花子も、驚きの表情でこちらに視線を向けている。
「五時だ。夕方の五時までに連れて来い」
 花子から三代へと視線を戻し、関口は顔を顰めた。
”こいつ……”
「B−7に倉庫がある。そこに俺達はいる」
「もし……」
 そこまで言いかけて口を噤んだ。唾を飲み込む。
「もし、なんだ?」
「もし、野々村殺ったのが俺だって言ったら?」
「な……あなたが?」
 三代より早く反応した花子の方を振り返る。
 銃口が自分へと向けられる。
「よくもっ───」
「落ち着けっ!」
 三代の低い声が辺りに響き渡る。
 引き金を弾こうとした花子も、驚いたのかこちらを睨み付けたまま動かない。
「野々村を殺したのはこいつじゃない。が、こいつは野々村を殺した奴を知ってる可能性がある」
「どういう事?」
 問いただしながら花子が再び正巳へと銃口を向けた。
「ただの勘だ。だから、ゲームをするのさ。わざわざ命懸けで山口達を助けようとしたんだ。今度も当然、乗ってくるだろう?」
 関口は黙って三代を睨み付けた。
 口にするまでもなく答えは決まっている。
 どの道、もう三代のゲームに乗る以外、若菜を助ける方法がないのだから。
 むしろチャンスを与えてもらった事を幸運と思った方がいいくらいだ。
「五時、だな?」
「ああ。誰を連れて来るか。楽しみに待ってるとしよう」
 三代が自分の脇をすり抜けて歩き出す。
 花子の傍まで行くと、気を失っているらしい若菜を担ぎ上げた。
「立て、高村。立たなきゃ殺す」
 低い声で三代が言った途端、弾かれたように正巳が立ち上がった。
 その顔はもう涙でぼろぼろになっている。
 そんな正巳の後頭部に銃口を押し付けていた花子がこちらを振り返った。
 深く暗い瞳をしている。何となく、そう思った。
 しばらく睨み合った後、花子は三代と共にこちらに背を向け歩き去って行く。
 やがて三人の姿が完全に見えなくなったのを確認して、関口はため息を吐いて空に目を向けた。
 それから地面の上に完全に腰を下ろし、自分の左腕に目を向ける。
 溢れてくる血のせいで、自分でもどうなっているのかよく分からなかった。
「散々だな、ったく……」
 ため息を吐くと、ポケットを探って潰れた煙草の箱と携帯電話を取り出した。
 煙草を咥え右手で火を点けてから、黒い携帯電話を見つめる。
 正直、気が重いが黙っているわけにもいかないだろう。
 何より、あの二人が探している武史を殺した犯人は彼女なのだから。
 一度だけ煙を吐き、地面で煙草の火を揉み消してから、携帯電話の電話帳を開いた。
 登録されている番号は一つだけ。
 リダイヤルボタンを押し、呼び出し音が鳴り始めるのを待った。
 二度程のコールで呼び出し音が途切れる。
「俺だよ」
 お互いの番号以外は登録されていないので、実際は名乗るまでもなかったが一応そう言った。
『分かってるわ』
 相変わらず感情に乏しく感じる声。
 それでも透き通るように綺麗な彼女の声を聞きながら、関口は唾を飲み込んだ。
「山口が攫われた」
『なんですって?』
 さすがに驚いたのか声のトーンが高くなった。
 若菜に関する事だと溢れんばかりに感情が滲み出してくる。
「攫ったのは三代と崎山だ。詳しい事は後で話すけど、奴等の狙いはお前だ」
『……今どこにいるの?』
「E−7辺りだ。天野達と隠れてた家から病院の方に行くと林みたいな所がある」
『天野達はどうなったの?』
 そういえば、そろそろ義人達も若菜が戻って来ない事に疑問を覚える頃だろう。
「まだ海沿いの家にいる。山口が攫われた事は知らない」
『分かったわ。とにかくそっちに行くわ』
「ああ。後、わりいけど包帯なんて持って来てくれると助かる」
 自分の左腕に目を向けた。
 血はまだ止まってはいない。
『分かったわ』
 一言、それだけ言って彼女の方から通話を切った。
「少しは心配してくれよな」
 苦笑して呟いてから、関口はその場に寝転がった。
”あの女……”
 武史を殺した犯人を探しているのは、恐らく三代ではなく花子の方だろう。
 あの反応の仕方と言い、彼女が犯人だと知ったら即殺しにかかるはずだ。しかも、花子には三代がついている。
”何で、崎山の味方なんかしてる?”
 あれだけの実力があって、更に殺し合いをする気があるのなら優勝を狙いに行けばいいはずだ。
 それでも三代は花子に協力している。そして、花子の目的は武史殺害の犯人を殺す事。
 若菜を人質に取られている状況で、彼女はどんな判断を下すのだろう。
 先程から嫌な予感が拭えない。
”とにかく、今は山口助ける事だけ考えるか……”
 そう思った時、思わずそんな事を考えた自分に関口は苦笑した。
 全くお人好しもいいところだ。
 いつの間にか若菜のボディーガードになりきってしまっている。
 もっとも、肝心の若菜を攫われてしまったのではボディガード失格もいいところだろうが。
「だせえな、俺は……」
 右手で髪をかきあげ空を見上げた。
 そのまま黙って空を見上げていた関口は、やがて眠りへと落ちていった。

 目が覚めるまでに、どの程度の時間眠っていたのかは分からない。
 ただ突然、意識がはっきりして関口は目を開いた。
 一瞬、どこにいるのか分からなかったが、すぐに現状を思い出し上体を起こす。
 一通り周囲を見回そうとして、すぐに止めた。
 静かに足音を立てずに、こちらに向かって来る彼女の姿が目の前にある。
 その姿を見て、自分が寒気を覚えている事に気付いた。
 目を覚ました理由は、正にこれだろう。
「よう」
 右手を上げて声をかける。
「話を聞かせて」
 初めて見るような険しい表情で、中野夕子(女子14番)はそう言った。
「あ、ああ」
 若菜が連れ去られた経緯を説明し始めると、夕子の表情は次第に険しさを増していった。
 張り詰めた空気が関口に息を呑ませる。
 最後まで話し終えると、目の前の夕子が静かに一度瞳を瞑った。
「分かったわ」
 そう言ってから、背負っていたデイパックを下ろし中から包帯を取り出すと、こちらに放って寄越した。
 それを関口が受け取るのを見届けると、すぐにデイパックを背負い直し踵を返した。そのまま何も言わずに歩き出して行く。
「お、おい!」
 驚いて立ち上がった途端、左腕に痛みが走って顔を顰めた。
「待てよ! どこ行く気だ!」
 叫ぶように言うと、既に歩き始めている夕子がゆっくりと振り向いた。
「そんなの決まってるじゃない」
 そうだ。聞かなくても分かっていた。夕子が若菜を助けに行く事など。
「俺も行くから待てよ」
「そんな腕であなたに何が出来るの?」
 ちらりと関口の左腕に目を向けてから、夕子が続ける。
「足手まといはいらないわ」
 それだけ言って、夕子は歩き出して行く。
 振り返りもしない。
 こんなものだろう。初めから分かっていた。自分は夕子にとって使い勝手のいい駒でしかない事など。
 それでも一緒に行かずにはいられない。
「待てよ!」
 もう、これは愛なんかではないのかもしれない。
 ただ彼女にとってその他大勢とは違う存在であれれば。せめて、そうなりたいと願う。
 この感情が何であるのかは自分にも分からない。
「盾が必要だろ。お前と山口を守る為の」
 夕子は振り返らずに、黙って歩いて行く。
 その背中を見ながら、すぐに包帯をデイパックに放り込み地面を蹴った。
 どんな形でもいいから、せめて繋がっていたい。
 そうしていれば、いつかは手に入れる事が出来るかもしれないから。だから、せめて傍にいさせて欲しい。
 それだけで自分は少なくとも他と違うと思えるから。
 ほんの少しだけ救われたような気持ちになれるから。

 お前の傍にいさせて欲しい……。

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