「先入観を捨てなさい」と著名人、進歩的文化人、、宗教人などがよく口にする。しかし先入観を捨てたら予測して行動するということができない。たとえば観測に行くときは先入観をもって行かないと仕事にならない。観測に行く前に「今度の結果はこうなるだろうな、教科書にも載ってたし、あの有名な大学の先生も言ってたし、それに何よりも自分の屁理屈で考えてもこうなるはずだし...」と当たりをつけて出かけないと話にならない。先入観を持っているということはこれから観測に行く対象のモデルを持っているということだ。先入観を持たずに漫然と観測に行くと、データを集めて眺めても何の感想も浮かばない。自分の立てたモデルと違った結果になって初めて強烈な印象を受け、モデルの改定作業が始まるのだ。測定方法がまずかったのかな?モデルがトチ狂ってたのだろーか?もしかしたら定説がおかしいんじゃねーの?とか、とにかくそこから始まるのだ。予想と違うのは何でだろ?と徹底して考えまくるほどに現象の理解が深まっていく。これが先入観の効能なのだ。先入観と違った結果になったら「しめた!」と思わなければならない。そして検討・考察・吟味を深めることが肝心なのだ、と思う。
私は何もツムジ曲がりなことを言ってるわけではない。たとえば石灰岩地帯や玄武岩地帯を測るとしよう。放射線の知識が無い人が無心で測って50nGy/hという値を得たとする。「ほう、石灰岩(玄武岩)の線量率はこのくらいなのか。」で終わってしまう。もしこの人に多少の放射線の知識があったとしても、「A教授が書いた本に石灰岩(玄武岩)は低いと書いてあった。あの有名なA教授がいいかげんなことを言うわけがないし、オレの測定器がオカシイのかな?」で終わってしまったらいけない。たとえノーベル賞を貰ったような大家が言っても鵜呑みにしてはいけない。
環境放射線の知識が豊富な人なら「え!なんで!?」という感想を持つだろう。「石灰岩(玄武岩)は線量が低い」という先入観があるからだ。「測定器を変えてもう一度測ってみようかな」、とか「石灰岩(玄武岩)地帯でも線量の高い土が混入してるのかも?」、とか「待てよ、教科書にはああ書いてあったが、石灰岩(玄武岩)といっても低いのから高いのまでいろいろあるんではなかろーか?」、「違う石灰岩(玄武岩)地帯とか鍾乳洞(玄武岩洞窟)の中で測ってみるか」、とか考える。
先入観は必ず持たなければいけないが、とらわれてはいけない、という一席。
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