BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
≪第一部 試合開始≫
1
[First Impression(野猿 feat CA)]
予鈴が鳴っても、席に着く者は少なかった。
中学3年生といえば、何かと話題も尽きないものなのだろう。
各々が、自分の友人たちと思い思いの話をしている。
その音量は、上限を知らないように上がって行くばかりであった。
藤井亜衣(福岡市立天神中学3年2組 女子15番)は、ゆっくりと教室を見渡した。
亜衣の席は廊下側のちょうど真ん中なので、自分の左側を向けばクラスの全員を視界にとらえる事が出来た。
昨日のホームルームで自己紹介は済んでいたが、同じクラスになったことのない者も割といたので、交友関係を確認するには、いい機会だと思った。
他の誰よりも先に目に入ったのは、教室の右隅の机に腰掛けている西村篤子(女子13番)と天地里美(女子02番)であった。
よく言えば豪快、悪く言うと空気の読めない篤子に里美がくっついているような感じだが、決して里美は苦痛ではなさそうだった。
二人の会話に耳を傾けると
「…だから、あんたの彼氏がそう言うのも無理ないのよ」
「あっちゃん、私は・・・そうね、クラスも新しくなったし、がんばるよ」
「そうよ、あんまりのめり込んでちゃダメ! 程々が一番よ」
と、篤子は今も顔を真っ赤にしながら里美に向かってまくし立てていた。
里美たちの横、教卓の前(みんなが嫌がる席だ)では佐々本大吾(男子07番)と中村さくら(女子12番)のカップルが二人の世界を作っている。
この二人を見ていると、自分まで暖かい気持ちになっていくような気がして、亜衣は嬉しくなった。
その横では、別の意味で微笑ましくなる人物がいた。
教室の喧騒など関係のないように、熱心に本を読む須藤正美(女子09番)であった。
1年生の時に亜衣と同じクラスで図書委員だった彼女には、かなり驚かされた。
夏休みの間に、図書館中の本を全て読んでしまったというのだ。
しかも、流し読みをしたのではなく、内容も完璧に覚えていた。
「こんな内容の本が読みたいんだけど・・・」
と頼んでおけば、大抵の本を準備してくれていた。
亜衣と違って内気な彼女は、男子とはあまり話さないようだが、本の話になると誰彼構わず言葉を交わすようであった。
そして、その後ろでは一文字貞子(女子03番)が縫い物をしている。
家庭があまり裕福でない彼女は、弟や妹たちの為に、いつも何かしら縫い物や編み物をしていた。
彼女とは2年生の時に同じクラスになったが、内職の材料を学校にまで持ち込んで、周囲のド肝を抜いた。
有料で宿題や掃除当番を代ってやるという噂に至っては、いただけないと思ったが…。
色々な意味で亜衣には、とても真似が出来ないと感心したものだ。
おとなしい二人とは対照的な集団が教室の真ん中にあった。
近藤眞子(女子06番)や樋川麻子(女子14番)、南光子(女子17番)達が、一斉に一人の人物に話し掛けているのだ。
その人物とは、我がクラスの…いや、我が校のスター森田晃一(男子16番)である。
オーデションに合格した後、長い間レッスンに励んでいた晃一は、先ごろ見事にデビューを飾った。
この春からは(まだ脇役だが)テレビドラマにも出演し、前途有望な新人としてマスコミからも注目を浴びていた。
「…僕、バック転がどうしても出来なかったんだ。練習しようとしても、レッスン場は板張りだし…困っていたら、ハンゾー…じゃなくて行武君が場所を提供してくれたんだ。しかも、コツまで教えてくれたんだよ。もう大感激で…」
と、亜衣の後方に視線を送りながら話す晃一に、周りの女子たちは目を輝かせていた。
なぜ晃一が亜衣の後方を向いたかと言うと、話のネタになっていた行武康裕(男子18番)がそこに座っているからであった。
康裕の両親はサーカスに所属しており、彼自身もそこで雑用等を手伝っていた。
身のこなしも軽やかで、かなり運動神経も良いようだ。
ただ、少し天然ボケな所があり、入学時の自己紹介で尊敬する人物を訊かれ「服部半蔵です!」と大真面目に答えたらしい。
彼は、それ以来「ハンゾー」と呼ばれるようになった。
サーカスという客商売をしているためか、彼は人あたりも良く、運動も出来た。
だからと言って成績が悪いわけではなく、理科や数学、社会(日本史のみ)では「天才」と呼ばれる福間法正(男子12番)と同じ位の出来なのだそうだ。
本名が呼び辛いことも手伝って、みんなは親しみを込めて
“ハンゾー”
そう呼んでいた。
「どうした、えーっと藤井さん…オレ、何か変かい?」
ハンゾーが、はにかんだ笑顔を浮かべながら訊いた。
「ハンゾー、変なのは遼の方だよ。気にするなって」
と、ハンゾーの左側、机を一つ隔てた席から、クールな印象を受ける川上優(男子05番)が割りこんできた。
「おい、遼! あっちの世界に行っていたんだろう。空想癖もいいかげんにしておけよ」
さらに辛辣なセリフが優の口から飛び出したが、当の早瀬遼(男子11番)は気に留めた風もなく、口元に笑みを浮かべ
「藤井、何かあった?」
のんびりとした口調で、亜衣に問い掛けてきた。
「えっ、いや・・・あの、別に・・・・・・」
亜衣が返答に困っていると、それをフォローするように
「そんな訊き方はないだろう。自分の興味があること以外はからっきしだなぁ、お前は。せめて女の子にはもっと優しい言葉遣いをしろって」
と言いながら、握った拳骨を遼の胸の辺りにグリグリと押し付ける優に対し
「お前に言われたくないよ」
遼が同じように拳骨を作ってやり返した。
その時、甲高い声が教室に響いた。
パンのチョココロネを頭にくっつけたようなリーゼントをしている中嶋弘志(男子09番)と、髪の毛を鶏のトサカのように中央で逆立てている成川鉄也(男子10番)が
「お前テレビに出ているからってイイ気になってんじゃねえぞ」
「こんなブス共にキャーキャー言われて嬉しいかよ」
と、“スター”晃一に、ちょっかいをかけに行ったのだ。
彼らをけしかけたのは、窓側の最後列に固まっている不良連中に違いない。
命じたのはボスの岡田尚之(男子04番)だろう。
bQの古賀英次(男子06番)や堤和美(男子08番)が、少し呆れたような表情をしている所を見ると、それは容易に想像が出来た。
恐らく、スケバンの芝浦順子(女子08番)やシンナーを吸っていて、いつもとろんとした表情の佐野未冬(女子07番)辺りも煽ったのだろう。
いつもはパシリ同然の二人に、妙な余裕と高揚感があった。
晃一の取り巻き連中も
「何よー」
「関係ないでしょう」
と、言い返してはいるが、当の“スター”がオロオロするばかりなので、なんとも旗色が悪かった。
───あいつらぁ…
亜衣が怒りに任せて立ち上がろうとしたその時、晃一への救いの声が教室の廊下側後方から掛かった。
「もうその辺にしときなって、先生も来るぜ」
昨日のホームルームで決まった委員長、東輝久(男子01番)であった。
正義感溢れるその口調は、弘志と鉄也の二人をたじろがせ、格の違いを現していた。
「またカッコつけてんのか、テル」
二人の応援をするかのように尚之が横から口をはさんだ。
ボスと学級委員の激突に、教室の中は一瞬で静まり返り、緊迫した空気が流れた。
すると、それが合図だったかのように、教室前方のドアが開いた。
「おっはよー」
高らかな挨拶と共に、担任の高橋奈々子が入ってきた。
あまりに場違いな登場に、窓際の真ん中に座っている高見沢一子(女子10番)が笑い出した。
けたたましく笑う一子につられるように、彼女と仲のいい本郷佳代乃(女子16番)が吹き出した。
それは小波のように、徐々に教室中に広がっていった。
「おはようございます、先生」と、ハンゾーが笑いながら言ったのをきっかけに、遼が輝久を促がした。
不思議そうに教室を見渡す担任の奈々子を尻目に、輝久は大きな声で「起立!」と号令をかけた。
“エッジ”と呼ばれる古賀英次の不敵な笑いは気になったが、新学期早々コトを荒立てるような事はしないだろうと思った。
亜衣の体内に流れたアドレナリンと同じように教室内の緊張感が引いていく中
「今日は、ホームルームの後、健康診断と予防接種があります」
という、奈々子の明るい声が教室に響き渡った。
【残り 38人】