BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
2
[愛のナースカーニバル(BON−BON BLANCO)]
「早くしろっつうの。何をだらだらやっているんだ?」
文句を言う成川鉄也(ナリ:男子10番)に、東輝久(テル:男子01番)は思わず同意しそうになった。
担任の高橋奈々子が朝のホームルームで言った通り、健康診断を終えた2組の生徒は予防接種に向かったのだが、なかなか保健室に入れてもらえなかったのだ。
「早く終って練習に行きたいんだけどよー」
野球部の植野金三(デメキン:男子03番)が、ぎょろりとした目をさらに動かしながら言った。
秋の大会でシード校に善戦し、驚異的な打率を叩き出した事でベストナインに選ばれた金三には、苦しい練習でも楽しくて仕方がないようだ。
「おい、保健委員は誰だ? ここでいいのかどうか、奈々子ちゃんに訊いて来いよ」
川上優(ユウ:男子05番)の呼びかけに手を挙げたのは諸星宗平(デスカラ:男子15番)と一文字貞子(サダコ:女子03番)だった。
「ぼ、ぼく保健委員ですから」
「あたし…」
と、怯えながら言う二人に、行武康裕(ハンゾー:男子18番)が温和な口調で
「宗平、悪いけど職員室に行って訊いてきてくれないかな」
と、促がした。
「デスカラ、ちゃんと訊いて来いよ」
「ダッシュよ、デスカラ!」
「デスカラ、ついでにコーヒー牛乳買ってきて」
クラス中のみんなが声をかけた。
デブで内向的な宗平は、しゃべり方のクセからか語尾が必ず「〜から」となった。
主に「〜ですから」で終っていたので、ついたあだ名は“デスカラ”であった。
デスカラが、みんなの声援(?)を受け職員室に走り出そうとしたとき、保健室のドアが開いた。
「お待たせしました。男子1番の方からどうぞ」
いつもの校医とは違って、でっぷりと太った大柄の男性が出てきた。
大抵の事では驚かないクールな山本建(男子17番)も目を剥くほどであった。
何故なら、この人物は今にも手術を始めそうな出で立ちであったからだ。
術着はもちろんの事、マスク、手術用の帽子、そしてゴム手袋もしていた。
不気味な肉球に促され、テルはそそくさと保健室に入っていった。
注射をしてもらったテルは、消毒綿を押し付ける看護婦を見て、ギョッとした。
「あい、あいあいあいあい。揉んじゃダメ、押さえるのよ」
妙に鼻に抜けるしゃべり方をする垂れ目の看護婦は、どう見ても男なのだ。
顔には化粧をしているが、足には、かなり脛毛が生えている。
保健室を出ると
「痛かったか?」
「どんな感じ?」
というお決まりのセリフが浴びせられたが、頭の中が混乱しているテルの耳には全く入ってはいなかった。
§
クラスのみんなが予防接種を受けに行っている中、村上今日子(おキョウ:女子18番)は一人で教室の椅子に座っていた。
今日子は幼い頃からアレルギー症状がある為、予防接種は受けたことがないのだ。
少し喘息も出るため、春先や秋は今日子にとって、あまり好きではない季節であった。
「なーんか間が持たないんだよね。せめて奈々子ちゃんでも話相手になってくれればいいんだけど」
と、担任に対して生意気な口をきいてみたりした。
実際、担任の高橋奈々子は天神中学校の中でも人気が高かった。
可愛らしい顔と天然系のキャラだけでなく、岡田尚之(アニキ:男子04番)を始めとした不良グループにも、怒る事の出来る数少ない教師だったからであろう。
「将来は、奈々子ちゃんみたいな先生になりたいなぁ」
という者もいるくらいであった。
「将来か…」
今日子はつぶやいて、窓の外を眺めた。
───体の節々にアレルギーによる瘢痕が残る自分が、果たして将来結婚できるのだろうか?
今日子は、いつもその事について悩んでいた。
体は女性らしく丸みを帯びてきたが、肘や膝の裏側はまるで象の皮膚みたいになっている。
今では、例え母親の前でも服は脱ぎたくないほど、今日子は思い悩んでいた。
この事を考え始めると、他の事が全く手につかなくなる位であった。
「何か特効薬でも発明されないかな…」
そう言って座り直した今日子の視界に、何か黒いモノが映った。
予防接種を終えたクラスメイトだと思って、教室の後方に視線を移した今日子の首筋に衝撃が走った。
───看護婦さん?
太い鉄パイプの様な棒で殴られた今日子は、痛みを感じる間もなく意識を失った。
【残り 38人】