BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
3
[最初の扉(犬神サーカス団)]
藤井亜衣(アイ:女子15番)は目覚めと同時に吐き気に襲われた。
いつも休み時間にやっているプロレスごっこで、ジャイアントスイングをされた時の10倍くらい平衡感覚がおかしくなっていた。
時間差で目覚めた他の連中も同じように不調をきたしているようだ。
隣の席でも、ざわざわと数人の話す声の為に川上優(ユウ:男子05番)が目覚め、頭を振っていた。
重い目蓋を無理やり上げると、そこは教室だった。
しかし、よく見るとちょっとした個所がアイの記憶と食い違う。
つまり、そこは天神中学の教室に似せられた部屋という事であった。
「ボク、寝てたんだ…」
未だぼんやりとしている頭を覚醒させようとしたが、上手くいかなかった。
まるで霧がかかったように視界は白くなり、アイを再び眠りに誘うかのように頭痛が襲ってくるのは薄暗い蛍光灯の所為ばかりではないようだ。
「っう、痛…い」
アイは必死で記憶をたどろうとした。
みんなと同じように予防接種を受けて教室に戻った。
すると急に眠気が襲ってきたのだ。
尋常でない眠さに耐えられなかったアイは、担任の高橋奈々子が来るまでは大丈夫だと、目を閉じようとしたが、頭痛がそれを許さなかった。
アイがこめかみを押さえていると、周りにも同じようにしている者がいた。
アイの前の席に座っている西村篤子(あっちゃん:女子13番)と、彼女の左隣に座っている手塚晶子(カエル:女子11番)であった。
あっちゃんはこめかみを押さえながら
「カエちゃん…頭が痛いの? 私も…」
と、言いかけ、カエルの首に妙な物がついている事に気付いた。
「カエちゃん、それどうしたの? アクセサリーをするにしても、もう少し目立たない物にした方がいいんじゃあ…」
アイは、そう言っている篤子の首にも無粋な首輪がついているのを認め、不審に思った。
───ま、まさか…
アイは、あわてて自分の首を触った。
硬く、冷たい金属の感触があった。
「何なの、これ…」
アイは問い掛けるように言ったが、誰も答えてはくれなった。
その答えを知っている者は、ここに居なかったからだ。
「このドア開かないわよ〜トイレに行けないじゃな〜い」
アイが声のする方向を見ると、ラリッているような口調で、佐野未冬(ナンシー:女子07番)が後方のドアを開けようと力を込めていた。
だが、扉はがちゃがちゃと耳障りな音を立てるだけで、全く開かないようだ。
「立て付けが悪いのか? どっちにしてもナンシーには無理だよ。ちょっとどいていろ」
成川鉄也(男子10番)が格好をつけて、未冬と入れ変わった。
しかし、鉄也がやっても結果は同じであった。
まるで溶接でもしたかのように、ドアはびくともしなかった。
「こ、こんな…」
顔を真っ赤にしながらドアに向かう鉄也の反対側、教室の窓側では不良グループの堤和美(カズミ:男子08番)が
「こっちもだ。ガラスだと思ったら、鉄板が嵌っていやがる」
と、ボスの岡田尚之(アニキ:男子04番)に向かって言った。
教室の前方のドアにも古賀英次(エッジ:男子06番)が張り付き、同じように試みたが、アニキの方を向くと、首を横に振った。
二人の様子を見て、アニキは眉間にしわを寄せた。
まるで、3年2組の全員を閉じ込めようとしているかのように感じたのだ。
アニキは、ゆっくりクラス中を見渡すと
「おい、全員で大声を上げろ。ドアや窓を叩いて、助けを呼ぶんだ」
と低い声で言った。
その言葉に応じたのは、彼の子分達とユウ、早瀬遼(リョウ:男子11番)女子では、当然(?)アイと、プロレスごっこ仲間でアイに負けないくらい活発な高見沢一子(イッコ:女子10番)だけだった。
他の生徒は、ドアや窓を軽く叩くだけで怯えていた。
やる気のない連中に対し、一気に頭に血が上ったアニキが
「てめえら、真面目にやらねえとぶっ殺すぞ!」
と怒鳴りながら、前の席の椅子を掴んで教室の真ん中に投げつけた。
様子を見守っていた連中も驚き、慌てて窓の鉄板を叩いた。
「おーい、誰かいないのか」
「開けてー」
「おーい、おーい」
壁やドア、窓、黒板に至るまで全員で叩いた。
「よし、やめろ!」
アニキの命令で一斉に叩くのをやめた。
先ほどまでの打撃音が耳鳴りとして残っている。
現在の静寂とあいまって、幻聴のように感じられた。
「くそっ、もう一度やるぞ」
アニキがスタートの合図をかけようとした時に、悲鳴が上がった。
悲鳴の主は樋川麻子(デカマコ:女子14番)であった。
「どうした?」
アニキの代わりにエッジが訊いた。
マコは、自分の後ろに座っている村上今日子(おキョウ:女子17番)を指差し、がたがたと震えている。
エッジが視線を移すと“おキョウ”は窓側を向いたまま机に突っ伏していた。
心配そうに見守るみんなを掻き分けるように、ユウとリョウが出てきて“おキョウ”の様子を見た。
脈を取るまでもなく絶命していた。
みんなと同じように装着された首輪の下で、“おキョウ”の首は歪に曲がっていたからだ。
「何が起こっているんだ…」
ユウは思わず呟いていた。
「そいつを知るためにも、ここから出るんだ」
エッジはユウへ声をかけた。
ユウが懐かしい感じを噛み締めるように黙ってうなずくと「よし、もう一度やるぞ!」エッジが威勢よく声をあげた。
その掛け声に、行武康裕(ハンゾー:男子17番)の落ち着いた声が続いた。
「誰か来る・・・」
アイを始め、全員がはっとして神経を耳に集中させた。
確かに廊下から足音が聞こえてくる。
みんなの顔に安堵の表情が浮かぶ中、エッジやユウ、リョウだけは、改めてハンゾーの能力の高さに驚いていた。
“おキョウ”の遺体を冷静に見つめているのはともかく、未だに耳鳴りが残っている状態だというのに、ハンゾーは廊下の靴音を聞き取っているのだ。
このような状況で、冷静なハンゾーに対し、ある種不気味なモノを感じていた。
他の二人とは違い、リョウは別の事でハンゾーの異変に気付いていた。
先ほどの口調は、明らかにいつものそれとは違っていたのだ。
いつもは優しく、話している相手を決して不快にさせないハンゾーなのだが、今の一言は、まるで冷たい機械のようであった。
リョウは、ハンゾーの体調が悪いのではないかと心配になり、声をかけようとした。
「ハンゾー・・・」
「来た!」
重なった二人の声に、さらに教室前方のドアで鍵を開ける音が被った。
3年2組の全員の視線が教室前方のドアへ注がれていた。
【残り 37人】