BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


[炎の男(北島三郎)]

 3年2組の全員が見守る中、無造作に開いたドアからは、大柄の男が入ってきた。
 長身だが猫背で痩せ型の体に、アンバランスなサイズの頭が乗っている。 
 ぼさぼさの髪の毛はともかくとして、落ち窪んだギョロ目と取ってつけたような鼻、タラコを咥えているかのような下唇。とにかく、その容姿は人間離れをしていた。
 歴史の教科書に人間の進化の過程が載っているが、その前半に出てくるピテカントロプスのようだった。
 出席簿のような黒いファイルを持ったその男は、教卓まで来ると全員の方を向き「オイーッス」と、元気よく言った。
 事態が飲み込めていない3年2組の面々は、一様に困惑した表情を浮かべただけで、リアクションを起こす事が出来なかった。
 するとその男は
「元気がないぞ、もう一度…オイーッス!」
 と、言って今度は片手まで挙げて見せた。
 こういう事にすぐ乗る、西村篤子(あっちゃん:女子13番)や成川鉄也(ナリ:男子10番)でさえ、返事をする事が出来なかった。
「よーし、静かにしろ」
 誰も声を上げていないというのに、男はそう言うと教室中を見回した。
 手に持ったファイルを教卓に放り投げると「全員席に着け」と短く言った。
 男に対し不信を抱きながら、各々が自分の席に向かった。
 全員が着席する直前に
「あのー」
 樋川麻子(デカマコ:女子14番)が、ゆっくりと手を挙げた。
 男はファイルを開くと座席表とマコを見比べ
「樋川さん、何ですか?」と訊いた。
 発言の許可を得たデカマコは、堰を切ったように話し始めた。
「おキョウが…いえ、村上さんが死んでいます! 私たちはいつの間にかここにいて、首に変な輪っかが着いていていました。ドアや窓を叩いて誰かを呼ぼうとしたら、あなたが現れて……あなたは…?」
「待て、待て、待てー」
 男は鳥が羽ばたくように大きく手を動かすと、デカマコの話を遮った。 
「いっぺんに言われても答えられないだろう、バカヤロウ! 一旦座れ」
 と言ってデカマコを睨んだ。
 デカマコは若干迷った挙句、なるべくおキョウの方を見ないようにしながら席に着いた。
 男はそれを確認すると、もう一度教室を見渡し、にっこり微笑んだ。
「皆さん、はじめまして。今日から皆さんの担任になる“怒矢 譲介”です」
 怒矢と名乗るこの男の、不気味な容姿と話し方に、ほとんどの者が生理的な嫌悪を覚えた。
 それを見透かしたかのように
「お前たちはダメだなー。若いんだから、シラケたとか言う前に反応しろよ」
 怒矢は、すねたような言い方をしたが、すぐに気を取り直すと正面を向き「じゃあ樋川さんの質問に答えます」と、つぶやくように言った。
「みんなを整然とここに連れてくるために、眠ってもらう必要がありました。そこで、みんなが受けた予防接種の薬品を麻酔薬と入れ変えたんです。村上さんは、過敏反応体質ということで予防接種を受けなかったので、仕方なく頭部を殴って気絶してもらう事にしました。でも、力が入りすぎて…首の骨が折れてしまったんですねー、非常に残念です」
 怒矢の説明が終っても、デカマコは納得できなかった。
 デカマコの気持ちを代弁するかのように、委員長の東輝久(テル:男子01番)が
「と、言う事はあなたが村上さんを殺したんですか?」
 静かに訊いた。
 聞こえていないかのように、ゆっくりとファイルをめくる怒矢に対し、3年2組の面々に緊張感が満ちた。
 不穏な空気が張りつめる中、男は右の眉を吊り上げ、タラコのような下唇をさらに突き出した。
「まあ、なんだ・・・『戦闘実験第六十八番』を円滑に進めるために、その発令から実行までは、障害となる生徒、またはその家族に対して、担当官やその下級仕官はある程度の権限を行使する事が許されているんだよ」
「ちょ、ちょっと待って。そ、そ、それって…あの……」
 ドモリながら(ドラマなら間違いなくNGだ)質問をする森田晃一(スター:男子15番)に対し、一瞬いやらしい笑みを口元に浮かべた怒矢は、出来るだけ真面目な表情を作ると、姿勢を正し
「福岡市立天神中学三年二組の諸君、おめでとう。君たちは今年度の戦闘実験第六十八番の対象に選ばれました」
 と、宣言した。

§

 教室の中は静まりかえった。
 怒矢の宣言を聞いた瞬間、誰一人として言葉が出なかったのだ。
『プログラム』
 正式名称は戦闘実験第六十八番プログラム。
 おおよそこの国に住む中学生で、これを知らないものはいない。
 大東亜共和国の専守防衛陸軍が、防衛上の必要性から行っているシミュレーションで1947年に第一回が行われた。
 以来、全国の中学校から毎年任意に3年生の50クラスを選んで実施される。
 実験そのものは単純明快、各学級内の生徒を互いに戦わせ、最後の一人になるまでの所要時間、死因等の戦闘データについて統計を取るというものらしい。
 だが、参加させられる生徒たちにとっては、死刑宣告と同義語であり、正に命を賭けた椅子取りゲームなのであった。
 どんなお調子者でも言葉が出なくなるのは当然の事であった。  
「それじゃあ、説明に入るぞ」
 怒矢がファイルに目を落としたところで、岡田尚之(アニキ:男子04番)が手下の中嶋弘志(男子09番)にアゴで合図をした。
 頷いた弘志は勢いよくイスを引き、わざと大きな音を立てて立ち上がると
「おいおい、オッサン、ナメンじゃねえぞ」
 と怒声を上げた。
 眉間に縦ジワを寄せ、ポケットに手を突っ込むと、まるっきりチンピラの風情で教卓の前へ進み出た。
 尻を突き出すようにして教卓の方へ体を乗り出すと、チョココロネのようなリーゼントを強調するように指でつまんだ。
 リーゼントを含めたその容姿で怒矢を威嚇しているのだ。
「そうじゃ、ゴラァ」
「ひっこめ、オッサン!」
 間髪いれず、不良グループたちが次々と声を上げた。
 弘志も仲間の応援に負けない様に「誰が『プログラム』に選んでくれって頼んだよ?」と、精一杯ドスを利かせた声で言った。
 怒矢は、急に押し黙った。
 弘志は、怒矢がびびっているのだと判断し、さらに畳みかけた。 
 薄笑いを浮かべながらポケットの中の国産タバコ「ワイルド7」を取り出すと、口に咥え
「おい、火ぃ貸してくれや」
 と、怒矢に向かってタバコを突き出した。
 弘志の仕草が滑稽だった事と、あわよくば助かるという安堵感からか、クスクスという笑い声まで聞こえてきた。
 勝ち誇ったような弘志に対し、怒矢は満面の笑みを浮かべると廊下に向かって
「四村! 四村はいるか」
 と呼びかけた。
「あ〜い」
 と、返事をしながら入ってきたのは、ちょんまげを縦に結い、まるで歌舞伎役者のように顔中をまっ白に塗った(ご丁寧なことに目張りまで入れている・・・)専守防衛軍の兵士だった。
 しかし、防衛軍の軍服を着てはいるが、上着の裾はズボンからはみ出し、ボタンも掛け違い、ズボンのチャックも全開であった。
 装備らしい装備も全く身に付けてはいないので、規律正しい防衛軍の兵士には見えなかった。
 この男が、先ほど注射をされた際にいた看護婦だと何人が気付いただろう?
「あ〜い、お呼びですか?」
 四村という男は、服装と同じようにだらしなく言った。
「『お呼びですか』じゃあないだろう、装備くらいきちんとしておけ、お前はよぉ。もういい、お前は廊下に出ていろ。加東、加東はいるか?」
 怒矢は情けなさそうに言うと、四村を追っ払うようにして部屋から出した。
 四村が部屋から出て行くのと入れ替わるように、恐ろしくレンズの厚い丸メガネを掛け、ちょび髭を生やした男が入ってきた。
 加東と呼ばれたこの男は四村と違って、きちんと軍服を身に着け、さらにアクアラングの酸素ボンベのような物を背負っていた。
 加東は怒矢の前まで来ると、防衛軍独特の敬礼をした。
「お呼びですか、へーっくしょん」 
 と、抜群のタイミングでくしゃみをする加東に、3年2組の生徒たちは顔を引きつらせた。
 だが、怒矢は到って真面目な顔で
「この生徒がな、火を貸して欲しいそうだ」
 と、米帝人がするように、親指で弘志を指差した。
 加東は弘志の方を見てにやりと笑うと、腰のベルトから下げているホースのような物を手に取った。
 ホースの筒先に付いたスイッチを押すと、ボッという音と共に火がついた。
 ホースの先端を消防士のように弘志に向けた加東は 
「ちょっとだけよ〜ん」
 言うと同時に、筒先についたスイッチを押した。
 圧縮空気と混合されたゲル状燃料は、筒先の点火装置により着火され、生き物のように弘志へと襲いかかった。
「ぶぐっぇえええ」
 全身を炎に包まれた弘志は、それから逃げようとするように床を転げまわった。
 しかし、ゲル状の燃料は弘志の体に張り付き、任務を最後まで全うしようとしていた。
 弘志は容赦なく自らの肉体を焼く炎を振り払おうとしたが、さらに火点を増やすばかりであった。
 炎は肉体を焼くばかりでなく、周りの酸素まで奪っていく。
 熱さと酸欠で、弘志は首の部分を掻き毟りながら、獣のような叫び声をあげていた。
 その苦鳴をかき消すかのように、部屋中のあちこちからも悲鳴が上がっていた。
 さっきまで一緒にいたクラスメイトが、生きたまま焼かれているのだ。
 狂わない為の防衛本能がそうさせるのか、素面でいる者は、ほとんどいなかった。
 抱き合って震える者、泣き叫ぶ者、目を見開いたまま硬直する者・・・。
 そんな3年2組の面々とは対照的に、犯人である加東は 転げまわる弘志を見て「あんたも好きねぇ〜」と言いながらゲラゲラと笑っていた。
 悪魔の使いとは、こういう者の事を言うのだろうか・・・。
 そのバカ笑いが合図だったかのように、早瀬遼(リョウ:男子11番)と藤井亜衣(女子15番:アイ)が火を消そうと立ち上がった。
 川上優(ユウ:男子05番)と東輝久(男子01番)のそれぞれが、すぐさま二人を押さえつけた。
「よせ、ヤツが転げまわっていて危ない。お前まで…」
「このまま中嶋が死ぬのを黙って見ていろって言うのか!」
 このやり取りを黙って怒矢は見ていたが
「藤井に、早瀬か・・・こいつの仲間では無さそうなのに、エライなぁ。じゃあ、それに免じて中嶋を楽にしてやろう」
 そう言うが早いか、怒矢は腰から銃を抜き、弘志の頭を撃った。
 二度の銃声が響くと同時に弘志は二度体を痙攣させ、そして二度と動かなくなった。
「よおーし加東、火を消せ」
 命じられた通り 加東が消化剤で火を消すと、部屋中に物凄い臭気が満ちた。
 消化剤とゲル状燃料、人の焼ける臭いが入り混じったものだった。
 悪夢は未だ始まったばかりであった。

【残り 36人】


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