BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


[青春生き残りゲーム(スピッツ)]

 中嶋弘志(男子09番)を眉一つ動かさず射殺した怒矢担当官が教室内を見回すと、誰もが目を逸らした。
 恐怖と人間の焼ける臭気に、こみ上げてくる嘔気を押さえられなかった者だけが、胃の内容物を床にぶちまけていた。
 それ以外の誰もが口をつぐんでいた。
 この状況で、怒矢に対して何らかの感情を表すことなど出来なかったのだ。
 そんな生徒たちを尻目に、怒矢は弾の補充を行った。
「プロだな…」
 川上優(ユウ:男子05番)が、うめくように言った。
 虚勢を張る為に弘志を射殺したのであれば、すぐに銃をしまって次の説明に移るであろう。
 わざわざ弾の補充をするというのは、それが習慣として身についている事であり、怒矢が修羅場を潜り抜けている証であった。
 怒矢は装填し終わった銃をホルスターに戻しながら、ユウの方を少しの間睨んだ。
「私語はいかんぞ、私語はぁ」
 と言って、今度はファイルを手にした。
 その言葉に従うように、東輝久(テル:男子01番)が挙手し「はいっ」と言った。
 怒矢は優等生にするように、にっこり笑って数回頷くとファイルを開こうとした。
 それを見て、テルは「質問があります」と言った。
 先ほどの挙手は、返事をしたのではなくて質問をする為だったのだ。
「何だ、言ってみろ」
 怒矢が指差すのが早いか、テルは口を開いた。
「担任って言ったけど、オレ達の担任は……高橋先生はどうしたんだ…ですか?」
 若干興奮をしているせいで言葉遣いがおかしかったが、クラスの全員が疑問に思っている事だった。
 いかにも面倒くさいといった感じで頭をゴリゴリと掻いた怒矢は
「鷹木、鷹木!」
 先ほどと同じ様に、大声で廊下に向かって言った。
 眠そうな顔をしたデブが荷物運搬の台車のようなモノを押しながら部屋に入ってきた。
 台車にはシートが掛けられていたが、鷹木の様子から何か大きな物が載っている事は誰もが想像できた。
「ふぅ・・・せーの」
 鷹木の面倒くさそうな掛け声と共にシートが取られると、そこには3年2組の担任である高橋奈々子が正座していた。
 いや、させられていた。
 奈々子はSMに使う拘束具で後手に縛られ、それは足首の装具と繋っていた。
 口にはピンポン球のような猿ぐつわを噛まされ、同じように革のベルトで目隠しをされていた。
 白いブラウスは所々が破れており、奈々子の形の良い乳房が剥き出しとなっていた。
 そして、そのブラウスの裂け目には一つも洩れる事無く青黒い傷跡があった。
 明らかに拷問を受けた傷であった。
 鷹木が目隠しを取ると、奈々子はまぶしそうに目を細め、ゆっくり目を開けた。
 その視線は、宙を泳ぎながらも目の前にいる生徒たちを捕らえた。
 奈々子の目から大粒の涙がこぼれだし頬を伝った。
『あなた達は、そんな事をしてはいけない!』 
 と訴えている様であった。
「この先生は、お前たちが戦闘実験第六十八番に選ばれた事で我々に反抗的な態度を取った。まあ、反対した訳だな。だから、矯正処置としてこのような処遇になった。幸い、この鷹木は思想矯正の第一人者でなあ。まあ、時々やり過ぎるんだが・・・程なくこの国の教師として彼女もお前たちの多くと同じ、英霊となる事だろう」
 怒矢の説明など誰も聞いていなかった。
 顔をそむける者。
 泣きじゃくる者。
 呆然と見つめる者。
 自分達がこれから挑まなければならない「プログラム」というモノのおぞましさを一気に見せつけられたように思えたのだ。
「せ、先生…」
 テルが奈々子に近づこうと一歩踏み出したその時、怒矢と鷹木がそれぞれ銃とメスを抜いていた。
 銃はテルを、メスは奈々子の首にポイントされている。
「席に着け」
 威圧感たっぷりに怒矢が言うと、テルは従うより手が無かった。
 自分が撃たれるのはともかく、鷹木が奈々子を切り付けるのは火を見るよりも明らかだったからだ。
 テルが元の位置に戻ると、怒矢は銃を戻し
「お前達が少しでも早く“戦闘実験第六十八番”を終らせれば、この先生も助かるかもしれません」
 と、笑顔で言った。
 その笑顔が合図だったかのように、鷹木は台車ごと奈々子を教室から連れ出した。
 先ほどの眠そうな表情と打って変わり、鷹木は奈々子を見ていやらしい笑みを浮かべ、舌なめずりをしている。
 これから奈々子に施す拷問メニューを考えての事であったが、奈々子は
「っつ、ふっぅう」
 と、扉が閉められるまでの間、吐息を発し、首を振りつづけた。 
 最後まで担任として教えを説こうとしていたのだった。
 奈々子と入れ替わるように、若く小柄な兵士と、同年代と思われるパッチリとした瞳が印象的な女性兵士がキャスターを運び込んだ。
「さあ、説明を続けるぞ」
 怒矢の声で、全員が我に返った。
「“戦闘実験第六十八番”自体の説明は必要無いな? 小学校四年生の教科書から掲載されている通りだ。規則は単純明快、このクラスで殺し合いをして、最後に生き残ったものが優勝。反則も無いからな。優勝者だけが家に帰ることが出来ます。そして優勝者には総統閣下直筆の色紙を賜り、さらに副賞として生涯の生活が保障される。分かるか?」と、一気にまくし立てた。
 そして次に黒板に何か絵を描き始めた。
 白いチョークで島のような絵を描きあげると、その上に青いチョークでマス目に線を引いた。
 更に左右と下に赤で線を引いた。
 最後にマス目の縦軸と横軸に壱〜拾、イ〜ヌの番号を振り、いくつか丸を書いた後で向き直ると
「出発する際、お前たちに荷物入れを渡す。この中には時計、方位磁石、そして地図が入っている。地図は黒板に描いたモノの縮小版だ」
 怒矢は言った。
 一度教室内を見回すと、
「山の部分まで入れると広大な会場となるので、金網等で会場を隔離している。赤い線で描いたところだが、そこには高圧電流が流れているので、間違っても触らないように。これ以外の電気・燃焼気体・水道は全て停めてある。一部が海に面したり、或いは海の区域もあるが、ここに行くことも自由です。但し、海には哨戒艇が待機していますので、逃亡を図ったりする者がいれば容赦なく射殺します。ちなみに住民は退去させていて一人もいないから、邪魔者は誰もいません。思い切り殺ってよろしい…ここ迄で、質問はあるか?」
 と続けた。
 誰も手を挙げなかった為、怒矢は拍子抜けしたようだった。
「あの・・・」
 おずおずと手を挙げたのは、カーサンというあだ名の和田道子(女子19番)であった。
 怒矢は手に持ったファイルと道子を見比べると
「和田・・・道子、質問か?」
 と、訊いた。
 道子は頷くと、怒矢の許可も得ず口を開いた。
「あの、わ、私・・・殺し合いなんかしたくないです。みんなと仲良くしたいし・・・だけど、もしどうしてもってなったら・・・私みたいにデブで動きの鈍い人は圧倒的に不利になります。そう、吉川君なんて足が不自由なんです。だから・・・あの・・・」
 緊張の為か、上手く話せないカーサンの顔を見た怒矢はにっこりと笑った。
「聴きましたか、皆さん。今、和田はとってもいい質問をしました。はい、和田は座りなさい」
 怒矢はカーサンが座るのを見届けると
「和田は『不利』と言いましたね。それを均等にする方法も“戦闘実験第六十八番”では、考えてあります。さっきお前達に渡すと言った荷物入れの中には、地図や時計以外に若干の水、食料、そして武器が入っています。武器はそれぞれに違うものが入っていますが、その荷物入れは出発する順に上から渡していくので、誰に何が当るかは判りません。当然、我々にもそれは判りません」
 と、言った。そして、カーサンの方を見ながら
「男女の体力差、個人の能力差がありますから、武器も同じような事だと考えれば納得できますね? 難しい言葉で言うと不確定要素という奴ですよ、いいですね」
 と、諭すように言った。 
「足が不自由な吉川の様な生徒の為に、その人ならではという武器が特別にいくつか入っています。それを引き当てるのも運のうちですよ。そして今回は武器を持ち運びしやすいような工夫もしています。最後に付け加えておくと、優勝者の四割九分は女子です。女子の諸君もあまり悲観する事は無いですね」 
 不気味な笑顔を浮かべながら言う担当官に、カーサンは体を震わせていた。
「はい」
 別の生徒が手を上げた。
 怒矢は、ファイルと照らし合わせて
「はい、本郷さん・・・なんですか?」
 と、訊いた。
 すっと手を下ろし、本郷佳代乃(女子16番)は優雅に立ち上がった。
 クラスメイトから『姫』と呼ばれるほど美しい佳代乃は、立ち居振舞いも本物のお姫様のようだった。
「この事は、両親も承知しているのでしょうか?」
 一瞬、怪訝な表情をした怒矢は、何かを思い出したかのように数回うなずくと
「皆さんの保護者の方にはキチンと説明をしました。私も含めて、七人で家庭訪問をしましたが、この学級の保護者の方々は大変物分かりが良かったです。抵抗して射殺された方は秋山の伯父様と吉川のご両親だけです。その他では反逆罪による逮捕、婦女暴行を受けたご家族、制圧により倒壊した家屋、すべてありませんでした。これは先生の長い担当官生活でも、大変珍しいことです」
 と、笑顔で説明した。
 そして、佳代乃に向かって
「本郷師団長は毅然としておられました。父上の名に恥じないように、立派に戦って下さい」
 と、怒矢が言った。
 ヒメが着席するのを確認し、再び部屋の中を見回した怒矢が説明を続けた。
「他に質問がなければ進める。えーっと、どこまで話したかな・・・そうそう、禁止区域だ。この地図にあるマス目に区切られた場所を区域と言います。午前と午後の零時と六時、つまり一日に四回、いくつかの区域を選定して放送するから、そこから速やかに出て行くように。それが禁止区域となるからです、いいかな。もし時間になっても出て行かなかったり、或いはうっかりその区域に入ったりすると・・・お前たちの付けている、その首輪が爆発します」
 怒矢の言葉に、数人が首輪を触った。
 首の殆どの部分が覆っているものの、蛇腹構造をしているので重さを気にしなければ、ある程度自由に動くようになっている。
 しかし、この首輪は、生徒達にとって文字通り“枷”となる物だったのだ。
「お前たちが徒党を組んで、時間を引き延ばそうとしても無駄だぞ。そんな奴らの為に禁止区域があるんだからな。この首輪は、我が国の技術を結集して作った物で、お前たちの心臓の電気信号を捉えて本部の電算機に送ってくる。誰がどこでがんばっているか、どこで力尽きたか。また、良からぬ事を考えている者がいないか・・・我々には、ちゃんと判ります。だから、多少濡れようが、衝撃を受けようが、壊れたりしない。例え海の中に潜ったとしても爆発の信号を確実に伝えるから、無駄な事はしないように」
 怒矢は真剣な表情で言った。
 ナリが半べそをかきながら、首輪を引張っているのを見て
「おい、成川。無理に外そうとすると爆発するぞ」
 と怒矢が面白くもなさそうに言った。
 弾かれたように首輪から手を離したナリの目からポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
 そればかりか、しゃくり上げるように声を押し殺して泣きだしてしまった。
 普段から不良グループにくっついているだけのナリは、精神的にそれほど強い訳でもないので、些細な事でも涙が出るのだ。
 しかし、怒矢はナリには興味もないかのように続けた。
「そして、最後に制限時間の事を言います」
 部屋の中でどよめきが起きた。
「せ、制限時間って、タイム・・・リミットの事・・・・・・?」
 席が比較的前の方の山本健(ヤマケン:男子17番)が、真っ青な顔で言った。
 怒矢は、ヤマケンを睨みつけると
「敵性言語を使うんじゃない! お前達は、まったく・・・。いいか、さっきも言ったように、徒党を組んで長引かせようっていう卑怯な奴が大勢居てみろ・・・ヤル気になっている連中に迷惑が掛かるだろう? そういったことも踏まえて、最後の生徒が死んだ後二十四時間の間に誰も死ななかった場合、優勝者はナシです。その時は、生き残っている全員の首輪が爆発しますよ、いいですか」
 怒矢の言葉を聞いて、全員が絶望的な気持ちになった。
 自分が生き残る為には、人任せになどせず、自らが友人を殺さなければならないのだ。
 担当官は、ファイルを覗き込みながら
「えーっと、言い忘れたことは無いかな・・・おう、そうそう。最後の生徒がここを出発して二十分後に、この本部がある区域が禁止区域になります。本部からは出来るだけ・・・そうだな、二百間位は離れておいた方がいいぞ」
 と、言って再び教室の中を見回した。
 時計を見て、一呼吸してから
「現在時刻 四月十日午前零時四十八分。ただいまより戦闘実験第六十八番 第一号を実施する」
 怒矢が宣言すると、これまで直立していた、二人の若い兵士が一歩前に出た。
 台車を教卓の横に停めると、その両端にそれぞれが立ち、再び直立姿勢を取った。
 怒矢は作業が終るのを待って、二人を指差すと
「右手にいるのが蔵神裕行、左にいるのが紗紅(しゃく)イズコ。それぞれ教育実習生ということで担当官の補佐をしてもらいます。彼らから支給品を受け取って、出発してもらいますよ、いいですね。女子の事も考慮して、私物も持って行っていいからな。では・・・まず、電算機に選ばれた者が出発し、そこから男女交互に出発してもらいます。誰から行くかで随分と作戦が変わってくるな・・・」
 と、嬉しそうに言いながら封筒を取り出した。
「い、い、いつから・・・始まるんですか?」
 洞山和生(ホラ:男子13番)が手も挙げず、質問をした。
 ガタガタと震えるホラに、大した関心もなさそうに「ここを出たらすぐだよ」と、怒矢は答えた。
 肩口のベルトから抜いたナイフで器用に封を切りながら
「最初に出発するのは・・・」
 と言った怒矢は、少し驚いた顔をした。
 手に持った紙を全員に見せるように裏返すと、そこには黒々と墨で「中嶋弘志」と書かれていた。
「中嶋が一番だったかー。でも、死んでしまったな。通常は次の女子か、中嶋の次の男子になるんだが・・・」
 怒矢は、そう言いながら名簿に視線を落とした。
 該当生徒であるナリと須藤正美(マサミ:女子09番)の顔が一瞬で青ざめる。
 それを楽しむようにニヤニヤ笑っている怒矢は、突然思いついたように二人の担当官補佐の方を向くと「何ならお前たちが指名してみるか?」と、言った。
「オレから行ってもいいか?」
 怒矢が視線を戻すのを見計らったかのように、一人の生徒が立ち上がった。
 アニキと呼ばれる岡田尚之(男子04番)であった。 
「誰でもいいのなら、立候補でもいいんじゃあないのか?」
 半笑いで言うアニキは完全にイッているように見える。
 誰もが危険を感じたが、代わりに手を挙げるというのも勇気のいる事であった。
 怒矢は暫く考えていたが
「個人的には許可したいんだがな〜まあ、ここは公平かつ穏便に、男子一番からだろう」
 と、意地悪そうに言った。
 チッと舌打ちをし、忌々しそうに座ったアニキを尻目に、怒矢は名簿を見た。
「よし、男子一番 東輝久から・・・行ってみよう〜!」
 と、高らかに宣言した。
 かくして、戦闘実験第六十八番プログラム 1966年度第一号の、幕が上がった。

【残り 36人】

 第一部 了


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