BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


10

[Changing time (Earthwind and Fire)]

 部屋から出た藤井亜衣(アイ:女子15番)は、先に出発した者達と同じように左に進んだ。
 少し振り返って反対側を見てみると、二人の兵士が通せんぼをするように立っていた。当然だが、彼らは銃を胸の前で保持している。
 そちらには、何か重要なモノがあるのかもしれない。
 アイから見て右側の兵士が、顎をしゃくった。
 出口は反対だと言いたいのだろう。アイは指示通りに廊下を進んだ。
 廊下の両側には専守防衛軍の兵士達が同じように銃を持って立っていた。その中には、入れ替わり立ち代り部屋に入ってきた兵士達の顔もあった。
 アイは一人一人の顔を睨んでやった。自分自身を奮い立たせる為だ。
 特に中嶋弘志(男子9番)を焼き殺した加東という兵士は、不良が因縁をつけるかのように下から睨みつけてやった。
「ダメよ〜そんな事しちゃ・・・」
 その先に立っている兵士が、悲しそうな声で言った。
 顔を白塗りにし、だらしない格好をしている兵士、四村だった。
 その悲しそうな声を聞いて、アイは何故かそれが彼の本心だと感じた。
 そして、異質ではあるが、紗紅という女性担当官補佐と同様の不思議な感覚を受けたのだ。
 立ち止まっているアイの手を四村が引いた。
「ちょ、ちょっと・・・」
 手を振りほどこうとしたが、しっかりと握られていて無理だった。
 されるがままに引っぱられ、廊下の突き当りを曲がると出口が見えた。
 そこから急に四村の足取りが重くなり、出口の手前で遂に立ち止まった。
 彼が戦う訳ではないので立ち止まるのは当然の事なのだが、アイはある異変に気付いていた。
 四村の手が小刻みに震えているのだ。
 思わず、アイは四村の顔を見た。
 今にも泣き出しそうな顔をしながら
「出口で待ち伏せするヤツもいるから・・・僕が一緒に居れば、いきなり襲われはしないよ」
 と、四村が言った。
 それは先ほど奇行に走っていた四村ではなく、どこにでも居るような親切な男性の口調だった。よく見ると他の面々に比べて年も若そうだ。
「・・・・・・が、がんばって」
 消え入りそうな口調で言うと、四村は元の場所に戻って行った。
 ───何だったんだろう
 その疑問を一旦胸にしまいこんで、アイは飛び出した。
 本部は学校をそのまま利用しているらしく、出口の正面には校庭が広がっていた。
 ここを突っ切るのは危険だ。
 アイは、校舎沿いを右手に走った。ここなら植え込みがアイの姿を隠してくれるはずだ。
 校舎の端で安全を確認し、一気に校門から外に出た。
 そのまま走り続けたアイは、地図上のト−6エリアまで来ていた。
 この辺りは林になっているので、目に付きにくい。反面、走り回ると下生えの草が体と擦れて音が出てしまう。
 アイは周囲を警戒しながら、手ごろな叢に身を潜めた。
 息を整えながら空を見上げたが、木々に遮られて星さえ見えない。
「何か、ボクの将来みたい。なんにも見えないや・・・」
 自虐的な言葉を吐いてみたものの、何の慰めにもならなかった。
 風が吹き、茂みがガサガサという音を立てるに到り、アイは支給されたバッグを開けた。
 怒矢と名乗った担当官が言った通り、バッグの中には地図、時計、軍用の水筒、アルマイト製の弁当箱がキチンと収められていた。
 そして、バッグの一番底に硬い物が入っている。
 これこそがアイの武器なのだろう。
 アイは、ひとつ深呼吸をして、それを取り出した。
「なんだ、コレ?」
 率直な感想が口を突いて出た。
 月明かりが乏しいので顔を近づけてみたが、黒い皮製のそれをどのように使うのか、全く想像が出来なかった。
 形状の違うモノが全部で5つ入っていた。それを全て取り出してみたが、それでも何に使うものか分からない。
 他に何か残っていないかと、もう一度バッグの中を覗くと、折り畳まれたプリントが入っていた。植物の匂いに、ガリ版で刷ったようなインクの匂いが混じる。
 それは、支給品についての説明書であった。
 “大東亜白兵戦武闘具”
 と、タイトルがあり、その下につらつらと文章が書き連ねてある。
 明かりが乏しいし、面倒くさいと思ったのだが、そこには装着方法や使い方が載っているようなので、顔を近づけて見るしかなかった。
 どうやらセーラー服の上から着けるらしい。
 さらに読み進めていくと、胸、腰、足、手、と順番までが記されている。癪だが、素直に指示通りの手順を踏んでみた。
 家庭科で料理を作る時でさえ順番を守らないアイには非常に珍しい事だった。
 まず胸の部分だが、背中と左胸のパーツからなっており、下から頭を突っ込んで脇の部分にあるベルトで調節をするだけだった。その際、アイのささやかな胸の膨らみは、全くと言って良いほど装着の障害にはならなかった事を付け加えなければならない。
「ちくしょう、いつかボクだって・・・」
 と、また自虐的に言って、次のパーツを手に取った。
 隣の家のばあちゃんが履いていた、女性用の股引きを思わせる短パンだった。
 21世紀にはスパッツと呼ばれるようになるのだが、うら若き少女には少々ためらわれる代物だ。
 嫌々ながら履いてみると、予想外にピッタリとしていて動きも制限されないので、まんざらでもないと思った。
 そして次に足の部分。
 それは米帝のレスラーが脛に着けるモノと同じだった。
「そうだ、ついでにアレも履いちゃおう」
 アイは自分の通学カバンから青いシューズを取り出した。
 プロレスごっこをしているうちに欲しくなって、遂に購入したブルーのリングシューズだった。
 早速、いま履いている運動靴を脱ぎ、リングシューズに足を入れた。
 編み上げブーツのように脛まである靴紐をしっかりと結び、軽く跳躍してみると絶妙のフィット感だ。中学に入学してからのお年玉を全てつぎ込んだだけの事はある。
 その上から“武防具”を取り付けた。
 足の甲と脛の部分から成る“武防具”は胸部と同じようにアイの脚にぴったりだった。
 親切な事に、膝の部分は後からサポーターを付けられるようになっている。
 次に取り出した手の部分は、舞踏会に貴婦人が着ける手袋を連想させた。
 装着してみると、そんなに優雅なものでなく『肘まで伸びた指先だけが出るグローブ』という感じだった。これも採寸をしたようにピッタリだ。
 最後にヘアバンドを頭につけた。
 これだけがアイの頭にしっくりとこない。不審に思い、続きをよく読むと、それは額に着けるものであった。
 これなら他の物と同様にピッタリだ。
 大体、アイはショートカットなのでヘアバンドなんて無縁なのだ。
 昨今長髪が流行っている為に、男子と間違えられる事もあるくらいなのだから。
 読み飛ばした個所がないか、もう一度説明書を見た。
 最後に
『あなたの武器は武防具でなく、友を想う優しい気持ち。どう使うかは、あなた次第』
 と、印刷ではなく万年筆のようなもので書いてあった。
 ここでアイはあることに気づいた。
 ランダムに選ばれる筈の支給武器なのに、なぜこの武防具は自分にピッタリなのか?
 例え事前に何らかの細工が成され、アイの手に渡るようになっていたとしても、2人のクラスメイトが出発前に死んでいるのだ。
 さらに、出発の順番は怒矢という担当官によって大きく変わっている。
 この武防具がアイの手に渡る可能性は、限りなく0%に近い。
 得体の知れない力が、この“プログラム”に関与しているのを感じた。
「何が“プログラム”だ。ボクは絶対に負けないゾ」
 そう言って左手の掌を、ぱしっと叩いた。
 先の見えないアイの、精一杯の宣戦布告であった。

【残り 36人】


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