BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
9
[Another Revolutionary (エディグラント)]
建物の外で様々な攻防が起きているとは誰も想像できなかった。
狂気に満ちた出発の儀式は未だ続いていたのだ。
泣きながら宣誓をした近藤眞子(女子06番:チビマコ)を藤井亜衣(女子15番:アイ)は悲痛な面持ちで見送った。
そして、次の出発者は佐々本大吾(男子07番:ダイゴ)であった。
ダイゴと中村さくら(女子12番:サクラ)が付き合っているのは、クラスの全員が知っていた。
それ故に『ダイゴはどうするのか』という野次馬的な興味が少なからずみんなの心の中にはあったのだ。
みんなの気持ちを見透かしているのか、ダイゴはゆっくりと教卓の前まで歩いた。
一旦、自分の足元に視線を落とした後、顔を上げ正面を向いた。
「オレは殺し合いをする。殺らなければ殺られる」
一言ずつ噛み締めるように言ったダイゴに、蔵神から荷物が渡された。
ダイゴは荷物を握り締めながらサクラの方を向くと
「暁の 水面に映る 神の座 我が身と共に 土に帰らん」
と、言った。
「辞世の句か? 趣はあるが、やる気は感じられんな」
怒矢は薄笑いを浮べながら言ったが、その右手は銃のグリップに掛かっていた。
アイも同じように感じたが、それ以上に二人の絆が強い事を信じていた。
紗紅担当官補佐がダイゴを促すように「オイキナサイ」と、ドアを指差した。
ダイゴの足がドアに向かうのを見て、紗紅がサクラの方を見た。
サクラの近くに座っている者達も、担当官にバレないように注意しながら、チラチラとサクラの方を見ている。
当のサクラは唇を噛み締めたまま、机を睨んでいた。
先ほどのダイゴの言葉が二人にとってどういう意味を持つのか。
そして、この二人がどんな結末を迎えるのか。
それは、誰にも判らなかった。
二人の行く末を案じたり、この理不尽かつ馬鹿げたゲ−ムに乗るかどうか、自問自答している暇は無い。
友人が出て行く度に自身の出発が刻一刻と近づいているのだ。
アイの心には、政府関係者への怒りと、この理不尽な“プログラム”という制度についての疑問が沸き起こっていた。
その上で、自分がどうするべきなのか、考えを巡らせていたのだ。
「男子11番、早瀬遼」
蔵神という担当官補佐の声でアイは我に返った。
ガタガタとイスを引く音がして、リョウが自分の横を通って行く。リョウの凛とした表情を見送っていると、何だかアイにも力が湧いてきたような気がした。
何故そんな表情が出来るのか、リョウに訊いてみたかった。
アイが彼の姿を追っていると、妙な事に気がついた。
ほんの数瞬前まで毅然とした表情だったリョウが、担当官たちを睨んでいるのだ。そんな態度を取れば、結果がどうなるのか明白なのに・・・。
担当官の怒矢は不気味な笑いを浮べながら
「なにか言いたそうだな・・・」
と、短く言った。
リョウはそれを無視して怒矢を睨みつづけた。
ぎりっと歯を鳴らした怒矢が腰の銃に手を伸ばした、その時
「宣誓をしろ」
と、蔵神担当官補佐が言った。
怒矢とリョウが同時に蔵神を睨みつけたが、ポーカーフェイスの担当官補佐は片方の眉を上げてリョウに宣誓を促す表情をしただけだった。
「オレは・・・殺し合いをする。殺らなければ・・・殺られる・・・・・・」
文言に対しての不満が明らかであり、その為に口ごもったのも全員が分かったが、投げつけるように渡された支給品と「オイキナサイ」という紗紅担当官補佐の言葉が、リョウを出発させるきっかけとなった。
きびきびとしたその歩調からは、先ほどの険悪な雰囲気など微塵も感じられなかった。
リョウを見送った途端、アイの身体に変化が起きた。
寒気とは裏腹に掌には汗が浮かび、吐き気と共に腹の底に奇妙な熱感を覚えた。
アドレナリンが急激に放出された事による変調であった。
「女子15番 藤井亜衣」
自分の名前を呼ばれた時には、それがピークに達していた。
椅子から立ち上がろうとしたが、膝から下に力が入らなかった。
「くっ・・・」
軽く唇を噛んで、力を振り絞った。
一歩ずつゆっくりと踏み出し、教卓まで辿り着いた。
そこで初めて中嶋弘志(ヒロシ:男子09番)の遺体を見た。
先ほどまで粋がっていた弘志は、人の形をした炭となっていた。
所々で皮膚がハゼ割れ、真っ赤な肉が剥き出しになっている。
───助けられなくて、ゴメン
悔しさのあまり顔を上げた瞬間、今度は村上今日子(おキョウ:女子18番)が机に突っ伏しているのが見えた。
───いつも、ボクのバカ話に付き合ってくれて、アリガト
心の中で二人に別れを言った。
自分の胸に熱いものが満ちてくるのが分かった。
「宣誓を・・・」
蔵神副担当官がいい終わらないうちにアイは口を開いた。
「ボクは・・・殺し合いをする。やらなければ・・・やられる」
声が震えていたが、しっかりと言った。
自分自身で“ボクは大丈夫”という事を認識したかったのだ。
蔵神からバッグが渡された。
思っていたよりも重たかった。(シャレじゃなくそう思った)
感慨に耽る間もなく、紗紅副担当官がすっとドアの方を指差した。
この時、初めてこの女性の顔を直視した。
軍人らしい緊張感と、何か言葉に表せない様な不思議な雰囲気を持った人だった。
「藤井亜衣…オイキナサイ」
お決まりのセリフを口にしたが、アイには『お生きなさい』と言っているように聞こえた。
体の中から力強い何かが沸いてきたように感じた。
ぐっと拳を握り締めると
「・・・行きます」
という言葉が思わず口を突いた。
紗紅がこくりとうなずいたのを合図に、アイは一歩を踏み出した。
藤井亜衣のプログラムが、いま始まった。
【残り 36人】