BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
15
[FAKE STAR (LIV)]
ダイゴが上げた叫び声を、植野金三(デメキン:男子3番)はニ−3で聞いた。
「い、今のって誰かの叫び声か? でも、今のは・・・」
声を聞く限りでは、驚いたというより悔しそうなモノだと感じたのだ。
緊張しながら、デメキンは声のした方向を見すえた。
すると、誰かが砂浜を転倒しながら横切っていく所だった。
はっきりとは分からないが、走る格好や体格から井上鐘山(男子2番:ぞうさん)ではないかと思われた。
彼の手には銃のようなモノが握られている。
ぞうさんの性格からして、ヤル気になるとは思えない。
したがって、叫び声の主はぞうさんではなく、彼を取り逃がした別の人間のものだと考えた。
そんな事よりも、身を隠すところが無いこの場所で、ヤル気になっている者と対峙するのは非常に危険だ。
そんな状況は避けたかったので、デメキンは移動しようとした。
打ち寄せる波の音に、別の音が混じった。
デメキンが音のした方向を見ると、いくつかある岩の上に二人の人間がうずくまっていた。
暗いので良く見えないが、男子と女子が一人ずついるようだ。
抱き合っていると言ってよいほど二人が密着しているので、佐々本大吾(ダイゴ:男子7番)と中村さくら(サクラ:女子12番)かと思った。
しかし、それにしては体格が違いすぎる。
男はダイゴのようにガッチリとした体格でなく細身だし、女はサクラよりも遥かに小柄だった。
愛を語り合っているのか、それとも格闘をしているのか分かりかねたが、どちらにしても関わりあいたくないと思い、その場を離れようとした。
すると、男の方が声を掛けてきた。
「そこにいるのは・・・・・・デメキンか?」
声のトーンから、その男が洞山和生(ホラ:男子13番)だと分かった。
「洞山、お前とは別に仲の良い友人っていう訳じゃない。あだ名で呼ばれる筋合いはないはずだ」
苛立ちを声に乗せて言った。
ホラは、それを全く意に介していないようで、笑顔さえ浮べながら話し続けた。
「ここはニ−3だよ」
「それがどうした。それより、その子は誰だ。須藤か?」
デメキンは体格から図書委員の須藤正美(女子9番)の名前を挙げた。
ホラは、背中から抱くようにして捕まえている女子の顎に、ゆっくりと手を差し入れ、デメキンに顔が見えるように持ち上げた。
初めて同じクラスになった女子だが、背が低かったので印象に残っている。確か名前は・・・
「近藤・・・眞子?」
自信が無さそうに言うデメキンの言葉を肯定するように、ホラはニヤリと笑った。
「たまたまここに居たんだ、チビマコは・・・」
───なんか、コイツの態度が妙にムカつく
ホラの格好をつけた言い方に、嫌悪が募っていき、ここから逃げようとしていたデメキンとは違う自分が現れてきた。
「お前、近藤に何かしたんじゃ・・・」
「聞いてくれるか」
ホラの言葉で、デメキンの問いは遮られる形になった。
デメキンが睨みつけるのも構わず、ホラは続けた。
「オレは、どっちでもいいと思っていたんだ」
言葉の意味が理解できず、デメキンは聞き返した。
「どっちでもいいって、何がだよ」
ホラは少し首を伸ばすように顎を夜空に向けて持ち上げた。のっぺりとした顔が、水面の反射によって不気味なコントラストを示した。その姿勢のままホラが言った。
「オレには、時々、何が正しいのかよく分からなくなるよ・・・今回もそうだ。オレには分からない」
自分に酔いしれているとしか思えないホラのワンマンショーに、デメキンは付き合わされていた。
いや、付き合わされているというより、唖然として観ていたのだ。
「とにかく」
ホラがデメキンの方に向き直った。そして、そこから何かのスイッチが入ったように、ホラは捲くし立てはじめた。
「オレはここに来た。チビマコが居た。チビマコが逃げようとした。オレはとりあえずチビマコを捕まえた」
デメキンが眉をひそめた。唾を飛ばしながらしゃべりまくるホラの表情は、心を病んでいる者のソレだ。
「そこでオレは自分の靴を放り投げたんだ。ちゃんと地面に乗れば、怒矢たちと戦う。そして・・・」
この時点で、デメキンは逃走に移ろうとしていた。無事なのかどうか分からないチビマコの事は、申し訳ないが考える余裕も無かった。
デメキンの予感は当たった。ホラは左手で肩から羽織っていた学生服を放ると同時に、右手を前に突き出した。
四角い箱に取っ手を付けたようなモノを握っている。
「裏が出たら、このゲームに乗ると・・・」
歓喜を湛えたホラの声に、聞いた事のない爆発音が続いた。イングラムM10が、その銃口から9ミリの弾丸を一斉に吐き出したのだ。
デメキンは、反射的に頭をかばうように手をクロスさせ、しゃがみ込もうとした。
しかし、そうする必要は全く無かった。ホラの姿が消えたのだ。
バランスの悪い岩の上で、中腰の姿勢のまま引鉄を引いたホラは、発射の反動を抑えることが出来ず、弧を描くようにそっくり返りながら、岩の反対側に落ちたのだった。
ふと見ると、支えが無くなって、岩からずり落ちたチビマコが頭を押さえて立ち上がろうとしているところだった。意識が戻ったのだ。
デメキンは、すかさず駆け寄ると「近藤、大丈夫か? 逃げるぞ」と言って、華奢な手を引っ張った。
二人の足音が波の音に紛れて消えた数分後、ずぶ濡れのホラが岩の上に這い上がってきた。
ホラは髪をかき上げるようにして、左こめかみのやや上部に触れた。
貝殻がそこに刺さり、痛いとも痒いともいえない奇妙な感覚がその指にも残っていた。
「こうしてみるのも悪くない・・・」
と言った後、くしゃみを一つしてホラは夜の闇に消えて行った。
このゲーム開始以来、試合会場に初めて響き渡った銃声は、何とも締まらない結果と相成ったのであった。
【残り 35人】