BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


17

[Happy birthday to me (KOKIA)]

 カエルとサダコの攻防が行われているチ−4には、既に神崎千代(女子4番:チヨ)が身を隠していた。
 チヨが座っているダイニングキッチンのテーブルに、何故かこんもりと土が盛られている。
 それを見ながら、チヨはこれまでの自分の人生を思い出していた。
 幼稚園の時、初めてお父さんに連れて行ってもらった遊園地のこと。
 小学校1年生の冬に、しもやけの指を優しく擦ってくれたお母さんのこと。
 中学に入学したお祝いにと、自分の小遣いでピアスを買ってくれた兄のこと・・・。
 校則違反だと怒られつつも、そのピアスはチヨの耳に付けられている。
 潔癖症で神経質なチヨには、親しい友人が出来なかった。それゆえに、チヨには家族がとても大切なものだった。
 家族との思い出がチヨの頭に浮かんでは消えて行った。
 その間、チヨの頬を涙が濡らし続けた。
 自分には全く縁がないと思っていた“プログラム”に当ってしまったのだから、無理のない事だった。
 体力や知力に自信のある者なら、或いはこの状況から帰宅することも考えられただろう。しかし、取り立てて秀でた能力の無いチヨには、戦うことを選択するなど到底無理だった。
 大きな幸せを望んだことのない自分に、何故これほど大きな不幸が襲ってくるのか理解できなかった。
 チヨはグスンと鼻をすすり、メガネをとって涙を拭くと、この家の台所に置いてあったマッチを擦った。
 ぼんやりとした明かりが、部屋を照らしている。
 その火を、土の山に突き刺してあるローソクに近づけた。 
 きっちりと15本全てに火を灯したチヨは、歌い始めた。
「ハッピーバースディ トゥ ユー、ハッピーバースディ トゥ ユー、ハッピーバースディ ディア 千代・・・ハッピーバースディ トゥ ユー」
 歌い終わったチヨの目から再び涙が溢れた。
 今日はチヨの15回目の誕生日だったのだ。
 日曜日の今日、本来なら家族に囲まれて、幸せな一時を過ごしていた事だろう。
 それなのに、プログラムが無常にもそれを奪って行ったのだった。
 8番目に出発したチヨは、あても無くフラフラとさまよい歩いていた。
 そのまま住宅街で自分の家に似た家を見つけると、窓を壊して進入した。
 そして、鍋を見つけると庭先にある土を入れ、少し押し固めて形を整えたものをテーブルにひっくり返して置いた。
 それが目の前にある土の山だ。
 これはチヨのバースデーケーキだった。
 潔癖症のチヨには、他人の家に入ったり、手を汚すような作業は非常に苦痛であったが、胸に込み上げてくる何かがそれを忘れさせた。
 そうして出来上がったそれを、1時間ほど眺めていたのだ。
 ひとりぼっちのバースデーソングが終わり、静寂が戻った。
 涙で歪んで見えるローソクの炎を、一気に吹き消した。
「こんな・・・こんな寂しいバースデーパーティーなんて・・・・・・」
 暗闇の中で、チヨは拳を握ったまま嗚咽を漏らした。
 その拳を土の塊にぶつけ、テーブルの上を薙ぎ払った。
「誰か、祝ってよ! 誰か、一緒に居て・・・おめでとうって・・・・・・言ってよぉおおお!」
 チヨは叫んでいた。
 その首筋辺りで、ふわりと風がなびいた。
 顔を上げたチヨの耳元で「誕生日おめでとう」と、誰かがつぶやいた。
 振り向こうとしたチヨの頭とは反対側の左肩に、重い衝撃があった。
 熱いモノと鈍い痛みを感じ、左肩を見ると、木の棒が立っていた。
 ───包丁? 
 そう思うと同時に、後頭部に衝撃を覚えた。
 殴られたのではなく、チヨの体が後方に倒れ、床にぶつかったのだった。
「あっ・・・ぐっ・・・・・・」
 急速な出血でショックを起こし、更に肺を傷つけられたことにより、チヨは言葉を発することも出来なかった。
 何が起こったかも分からず、床に転がったチヨの前に現れたのは、男子14番の本田耕作だった。
 耕作はチヨの顔を覗き込むと、笑顔を浮べた。
「誕生日おめでとう。オレ達、ほとんど14歳のまま死んじゃうんだぜ。君は15歳を迎えられたんだから、ある意味ラッキーじゃない?」
 全く悪びれずにそう言うと、耕作はチヨの荷物を床にぶちまけた。
「オレに支給された武器って短いナイフだったんだよね。どこかの家で包丁でもかっぱらおうと思っていたら、君がこの家に入っていくトコでさ・・・手間がはぶけたと思っていたら、いきなり泥遊び始めるから、慌てて隠れたんだぜ」
 倒れているチヨの横で説明しながら荷物を物色している。
 その中からチヨに支給されたプリントの束と、おもちゃのような銃を見つけ、耕作が手に取った。
 さらに付帯してあった説明書を拾い上げると、それを読み始めた。
「えーっと“参年弐組個人情報綴”? 何々・・・なるほど、個人の情報が細かく書いてある訳ね。転校生のオレにはピッタリだ。あと、オマケでデリンジャーっていう銃が一丁だね。他にも何か書いてあるぞ『あなたは、みんなの事を、どれだけ知っていますか? みんなは、あなたの事を、どれだけ知っていますか? 銃と共に、有効に使いましょう』だって」
 読み終えた耕作は、チヨの顔を見た。
「・・・っか・・・っか・・・・・・」
 返してと言いたかったが、言葉にならず、代わりに大量の血が溢れ出た。
「大丈夫。オレがキッチリ有効に使ってあげるから、ねっ」
 ふざけた口調の耕作を一発殴ってやりたかったが、その力はチヨに残っていなかった。
 最後に一粒涙をこぼし、チヨは15年の生涯を閉じた。

【残り 34人】

 序盤戦 了


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