BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
≪第三部 中盤戦≫
18
[かあさん(堀江美都子)]
空が白んできたのを見て、藤井亜衣(アイ:女子15番)は、大きく伸びをした。
ふぅっと息を吐き終えるかどうかという所でバランスを崩しそうになり、慌てて足を突っ張った。
ここはエリアで言うとチ−7辺りだろう。
暗闇の中を動き回るのは危険なので、プロテクターを着けた場所から動かないつもりだった。
しかし、エリアごとの境界線が地面に明示されている訳も無いので、本部から少々離れた場所に移る事にしたのだ。
一人では四方に気を配る事が出来ないので、とりあえず手近な木に登った。
福間法正(ホーセー:男子12番)らしき男子が、この木から5mほど離れた所を歩いて行ったが、全く気付かずに通り過ぎていったので意外とイイ手だと思った。
ホーセーが須藤正美(マサミ:女子09番)らしき女子を伴っていた事は気になるところだが、とにかく当面の安全性は保証されたようなものだった。
木の上なので、さすがに眠る事は出来なかったが、いつ襲われるか分からないというプレッシャーからは幾分逃れる事が出来た。
「もうすぐ・・・放送だ」
アイは、時計を覗き込んで言った。
チャイムが鳴る直前に教室で聞くブーンという低音が耳に届くと、間もなくして柔らかい音楽が、流れ出した。
音楽の授業で聞いたことのあるクラッシックだったが、何という曲かは思いだせなかった。
心が和みかけたのを見計らったかのように、気持ちの悪いダミ声が響いた。
「おいーっす、みんな起きているか? もう一度、おいーっす! 担当官の怒矢です。四月十日、日曜日午前六時の放送です。今日の天気は晴れの予報が出ていますよ。まず、これまでに死んだ生徒を放送します」
ダミ声がうるさいというのもあったが、怒矢のしゃべり方が生理的にイヤで、アイは眉をひそめた。
「え〜男子十六番 森田晃一、それから女子四番 神崎千代・・・以上2名です」
名前が挙がった瞬間、思わず唇を噛んだ。
アイの気持ちとは関係なく、ダミ声でムカつくセリフを聞かされる。
「おいおい、やる気あんのか? 言っておくが、お家に帰れるのは一人だけだからな、忘れるなよ。それでは禁止区域です。これから一時間後の午前七時からイ−六、九時がヌ−参、十一時にリ−拾です。引っかからないように気をつけてな。それじゃあ、今日も張り切って、いってみよう!」
ブツッという音と共に、辺りは喧騒から静寂に切り替わった。
アイの脳裏に、放送で名前を呼ばれた二人の顔が浮かんだ。
スターは、芸能人ということもあり、いつも愛想のイイ顔をしていた。しかし、それは取り繕ったものではなく、彼自身の性格の良さを現していた。
チヨは、がさつなアイと違って非常にキレイ好きな子だった。いつも掃除の時間は率先してやっていたし、その事で嫌な顔をする事も無かった。
二人の性格からして、恐らく自殺をしたのではないはずだ。
「やる気になっているヤツが・・・いるんだな」
その事実に、アイは自分自身を抱きしめるように腕を組んだ。
体の中を色々な事が駆け巡り、それらが零れ落ちそうに感じたのだ。
何か、重いモノを体に突っ込まれたような感覚だった。
その時、左手の方向で葉っぱの擦れるような音がした。
和田道子(カーサン:女子19番)が、もう一人の女子と歩いて行くのが見えた。一瞬、声を掛けようかと思ったが、もう一人が誰なのか分からない状態で、それをするには少々ためらいがあった。
カーサンとは仲が良くても、もう一人の誰かと上手くやれるかどうか分からない。例え仲の良い者だったとしても、今の精神状態では誰彼構わず当り散らすに違いない。出来れば争いを避けたいのが本心だった。
そのままじっとしてやり過ごそうとした時、カーサン達とアイの登っている木の中間点にある茂みから手が出てきた。
ぎょっとする間もなく、その手に小型の拳銃を認めたアイは
「カーサン、危ない!」
と、木の上から飛び降りながら叫んだ。
着地の音と同時に銃声が響いた。
振り向こうとしたカーサンの体が、突き飛ばされたかのように後ろによろめくのが見えた。
アイはカーサンの方ではなく、叢へ向かってダッシュした。
視界の端にカーサンと同行していた南光子(ミツコ:女子17番)が走り去るのを捉えながらも、頭の中は犯人を殴る事で一杯だった。
鬼気迫る表情に恐れを成したのか、カーサンを撃ったヤツが出てきた。
名前は思いだせないが、そんなことはどうでもいい。とにかく、そのうす笑いを浮かべている顔面に、パンチを叩きこんでやらないと気が済まなかったのだ。
「てめえぇぇぇ」
右手で拳を作ったアイに、銃を向けてきた。
正面から見ても手の中に収まりそうな銃は、おもちゃにしか見えない。
その銃が火を吹き、鉛の弾が発射された。
頭を棒か何かで殴られたような衝撃が突きぬけ、一瞬めまいがした。
「ちっ」
舌打ちをしたその男子は、脱兎のごとく駆け出すと、林の中に消えていった。
追えない事も無かったが、アイは足をもつれさせながら倒れているカーサンに駆け寄った。
「大丈夫?」
抱き起こそうとしたアイの手がぬるっと滑った。紺色のセーラー服が濡れて、てらてらと光っている。
カーサンの血だった。
不意に“重いモノ”の感覚が蘇ってくる。
「ミ、ミツコ、大丈夫だった?」
カーサンはアイの顔を見ながら言った。
その目は焦点があっておらず、視線は空を彷徨っていた。
「カーサンしっかりして」
その声で、ようやくカーサンはアイを認識したようだった。
「ア、アイだったの、声をかけてくれたのは?」
カーサンの言葉にアイはうなずいた。カーサンは、いつもよりも大きく目を見開き、一言ずつ噛みしめるように発音した。顔からは血の気が引き、苦しそうに息をしていた。
ど素人のアイが見ても助からないのは明白であった。
「わ、わたし・・・のろまだから・・・み、み、光子は、上手く、に、逃げた、か、か、かしら?」
重傷を負いながらもカーサンはミツコの心配をしていた。
アイにはカーサンの手を、ぎゅっと握りしめる事しかできなかった。
「わ、わたしの・・・武器、ア、ア、アイが使って。わ、わた、わたし・・・も、もう、いらないから・・・」
段々と呂律が回らなくなってきたカーサンは、アイの手を握り返し、笑顔を浮かべながら言った。
目に浮かんできた涙をぐっと抑え、アイはカーサンを抱きしめた。
「だ、ダメだよ。しっかり・・・しっかりしてよ。ボ、ボク・・・」
涙声になっているアイの手をもう一度しっかり握り
「アイ・・・・・・生きて」
と、言って不意にカーサンの体から力が抜けた。
「カ、カーサン?」
アイはカーサンの顔を覗きこんだ。薄く目を開けたままカーサンはコト切れていた。
その死を否定するように首を横に振ったが、カーサンは答えてくれなかった。
アイはカーサンを抱きしめ、ゆっくりとその場に横たえた。
腕を組ませ、目を閉じさせていたアイの目から涙が溢れだした。
その涙がカーサンの顔にこぼれ落ち、まるでカーサン自身が泣いているように見えた。
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