BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


20

[嘘(中条きよし)]

 コツがダッシュで耕作を引き離した時、南光子(ミツコ:女子17番)は足を止めていた。
 息が切れて走れなくなったのだ。
 バレー部に所属しているミツコだが、走るのは苦手だった。
 身長を活かしたプレーばかりだったので、基礎練習は要領よくサボっていたのだ。
 ───私って、こんな事ばっかりだな・・・
 ブナの木にもたれ掛かりながら、苦笑いを浮べた。
 さっきも、自分を助けてくれたカーサンを置いて逃げたのだ。
 苦しい事や辛い事から逃げてばかりで、立ち向かおうとはしない。楽な方に流されるのが常となっていた。
 周りに合わせるというより、自分の意志を出さなくなっていた。
 森田晃一(スター:男子16番)の取巻きでいるのも、近藤眞子(チビマコ:女子06番)や樋川麻子(デカマコ:女子14番)に合わせているだけだ。
 確かにスターはカッコイイと思うが、心の中には別の男子がいたのだ。
 誰にも言ったことのない想い人。実は、3年2組の中にいる男子だった。
 プログラムが始まってからも気にはなっていたのだが、この状況で特定の人物と合流しようというのは不可能に近い事だった。
 自分の運命を改めて呪いつつ、ミツコは隠れられる場所を探そうと体を起こした。
 遠くで響いた銃声に驚いて、ミツコは思わず茂みの方につんのめってしまった。
 ふと顔を上げると、ミツコの左側、20mほど先の丘に男子が立っている。
 すぐに身を伏せた彼は、ミツコの右側の林をじっと睨んでいた。
「あ、あれは・・・」
 思わず立ち上がりかけたミツコの動きに合わせるかのように、男子が顔を動かした。
 はっとしたような表情を作ると、彼は丘を駆け下りてきた。
 軽やかな足取りでミツコの方に走ってきたのは、東輝久(テル:男子01番)だった。
 テルはミツコの前で立ち止まると、前屈みになって荒い息を整えた。いつもバレー部の練習で見ていたポーズだ。
 まだ少し息が上がった状態ではあったが、テルは爽やかな笑顔をミツコに見せた。
「あ、東君・・・」
 ミツコは、声が裏返りそうになるのを必死で抑えた。
 自分が走ってきたかのように鼓動が早くなり、口の中は粘っこい。
 何を話してよいのかも判らないくらい頭の中は真っ白になっていた。
「南さん、無事でよかった」
 テルの一言で、ミツコの脳にようやくスイッチが入った。
「東君こそ・・・こんな所で会えるなんて、思ってもみなかった」
 ミツコが頬を赤らめながら話すのを、テルが制した。
「しっ、もう少し小さい声で話そう。誰かに聞かれるとマズイからね」
 と前置きをし、
「南さん、一人なの?」
 と、しゃがみ込みながら尋ねてきた。
「う、うん・・・」
 口ごもりながらミツコの顔が曇るのをテルは見逃さなかった。
「誰かと一緒だったんだね。はぐれちゃった?」
 テルの言葉に、ミツコは頷くしかなかった。カーサンの事や襲撃者の事を話しても、どうしようもない。
 それより、今テルと一緒にいる時間がミツコには何よりも大切だったのだ。
「カーサンと一緒だったんだけどね。さっきの放送の後で、はぐれちゃったんだ」
 と、言った。
 ───嘘はついていない。大切な所を話していないだけよ
 自己弁護が頭の中を駆け巡る。
「そうか、一人なんだ・・・」
 テルは、確認するように呟きながら左の耳をつまんだ。考え事をする際にテルがよくやる癖だった。
 この癖を知っているのは、恐らくミツコだけだ。
 ずっと、テルを見ていたのだから・・・。
「でも、2q四方の中で誰かに会うなんて、かなり低い確率だよね。平地じゃないんだもん」
 テルが顔を近づけて話してくるので、ミツコは緊張のあまり、内容を理解する余裕がなかった。
「そ、そうね」
 曖昧に相槌は打ったものの、頭の中は霞がかかっている状態だった。
 周囲を警戒しているテルには、ミツコの動揺など知る由も無いので、そのまま話が続いた。
「なんとか人数を集められないかと思ったんだ。少しでも生き残る確率が上がるからね。ほら、仲間が増えれば必然的に武器も増えるし、交代で眠ったりも出来るじゃない」
 テルは立ち上がりながら、腰に手を当てた。
 その姿は、委員長というリーダーらしい毅然としたものだった。
 しかし、テルの顔を見たミツコは言葉を失った。
 呆然とした顔のミツコに
「どうかしたの? 大丈夫?」
 と、テルが声を掛けながら手を差し伸べた。
 怯えた表情で、その手から逃れようと、ミツコは身を捻った。
「大丈夫だよ。そんなにオレって信用無いかな・・・」 
 テルは目をぱちくりさせ、苦笑しながら言った。
 ミツコは泣きだしそうな顔になりながら、テルに聞いた。
「ほ、本当に仲間を集める気なの? やる気になってるんじゃないの?」
「イヤだな・・・オレ、そんな事、これっぽっちも思ってないよ」 
 間髪入れずに否定するテルを見て、それまで我慢をしていた涙がこぼれ落ちた。
 何を言えばいいのか判らなかったが、とにかく言葉を絞り出した。
「東君・・・嘘をつく時に、まばたきが増えるのよ」
 テルは表情を曇らせると同時に、腰から銃を引き抜いた。
 銃口はミツコに向かってポイントされている。
 この後で何が起こるかは、火を見るよりも明らかだ。
 ミツコは、銃を向けられた事より、自分がこれから死んでしまう事よりも、テルに嘘をつかれた事が悲しかった。
 それでも、最期に自分の気持ちだけはテルに伝えたかった。
「私ね、あなたの事・・・」
「サヨナラ」
 銃声が二人の言葉を遮った。
 涙でくしゃくしゃになりながら、精一杯の微笑みを浮かべたミツコの言葉は、誰の耳にも届かなかった。

【残り 32人】


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