BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
21
[African Battle (Manu Dibango)]
それまで周りを警戒しながら歩いていたアイは、銃声を聞いて駆け出した。
銃声がしたのは、南光子(ミツコ:女子17番)が逃げた方向からだったからだ。
「カーサンを撃ったヤツか・・・」
腕を組ませただけの簡素な弔いになったカーサンに対しての申し訳け無さと、襲撃者に対する怒りが同時に沸いてくる。
カーサンと違い、ミツコとは初めて同じクラスになったので、まだ名前と顔が一致しなかった。
だが、バレー部で活躍をしている彼女の事は知っていたし、カーサンと同行していた事から、やる気になっている訳ではないのが分かったのだ。
アイは、カーサンから譲り受けたショットガンをバトンのように握り締めた。
───もしも、戦う事になったら・・・
自分が殺されそうになった時にどんな行動を取るのか、考えた事も無かったし、想像もつかなかった。
林の中を駆け抜け、丘のようなものが見えた所でアイは足を止めた。
小さい子供に放り投げられた人形のように、手足を別々の方向に広げて仰向けに倒れている女生徒。
ミツコだった。
こちらを向いている彼女の胸の辺りにはポッカリと穴が開き、半分見開かれたままの目からは涙が零れ落ちていた。
アイは、体の奥からどす黒い何かが沸きあがってくるのを感じた。
同時に地面が揺れるような眩暈を覚え、四つん這いになった。
───誰が、こんな事を
溢れてきた涙をぐいっと拭った時、草の擦れるザザッという音が聞こえた。
顔を向けた時には、相手が跳びかかってきていた。
「うっ、あうあぁ・・・・・・」
声にならない叫び声を上げて掴みかかってくる相手の胴に両手を巻きつけると、アイは一気に後方に投げ飛ばした。
サイドスープレックスで地面に叩きつけられたのは吉川亘(コツ:男子19番)だった。
コツは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、何か喚いていた。
「ボ、ボクが交換じでいだら・・・」
コツは両手を振り回してアイに突進してくる。
「よせ、ボクがやったんじゃないんだ」
というアイの言葉も耳には入っていないようだ。
数度コツの拳を躱したものの、いくつかは顔面に届いた。
「いいかげんにしろ!」
頭に血が昇ったアイは、再度コツの胴を掴んで放り投げた。
背中というよりも尻で着地したコツは、一瞬緩慢な動きになった後、支給されたバッグの中に手を突っ込んだ。
その手には玩具のようにゴツイ銃が握られていた。
「お前・・・」
アイは呟きながら、コツの後ろをチラッと見た。
そこにはカーサンが残してくれたショットガンが転がっているのだ。
アイが視線を戻したのと同時に、コツは引鉄を引いていた。
轟音と同時に、凄い衝撃がアイの胸に襲い掛かった。
口の中に血の味が広がる中
───ボク、死ぬのか・・・
頭の中でそんな言葉が浮かんでいたが、体は受身を取ろうとしていた。
「イテッ」
受身を失敗して背中を打ちつけた感想が口から漏れたが、まるで壊れたスピーカーから聞こえてくる音楽のように不鮮明だ。
鼓膜をやられたのか、自分の声さえヴェール越しのように聴こえる。
顔を動かすとコツが弾を込め直しているのが見えた。
同時に、後方からコツに近づいて来る者が居る事にも気付いた。
その人物は肩の辺りに手をやり、ゆっくりと引き上げた。
陽光を反射してキラキラと輝くモノが手の動きに合わせて姿を現した。
意識がぼんやりしているアイにも、それが何なのか分かった。
コツは未だ弾の装填に手間取っており、後ろの人物には気付いていない。
体中の力を振り絞って「危ない!」と、叫んだ。
実際には「ぅあい!」というようにしか発音できていなかったが、それでもコツに注意を促すには充分だった。
ビクッと肩をすくませて後ろを振り向いたが、同時に刀が振り下ろされ、身を翻したコツの左肩から胸に掛けて、鮮血が吹き出した。
再び自分の中に怒りが湧き出すのを感じながらアイは立ち上がった。
駆け出そうとした足がもつれたが、それがアイの命を救った。横薙ぎに振られた刀が頭部すれすれを走り抜けていったのだ。
ようやく目の焦点が合い、刀を持っているのが行武康裕(ハンゾー:男子18番)だと分かった。
「何で、あんたが・・・」
昨日の朝、教室で見せた笑顔とは対照的に、仮面のように表情が無くなっているハンゾーにアイは恐怖を感じた。
全く違う人物になったとしか思えなかったからだ。
困惑しているアイなど眼中に無いように、八双に構え直したハンゾーは斬りつけてきた。
ようやく足が付いてくるようになったアイは上段からの斬撃を躱すとそのままハンゾーに体当たりをかました。
足をすくい上げる諸手刈りをミックスさせたタックルでハンゾーを地面に叩きつけたアイは、素早く起き上がってコツを助け起こし「今のうちに逃げろ」と言った。
「藤井・・・」
苦痛とアイの不可解な行動に顔を歪めながらも、コツは銃を拾って走り出した。
アイはコツの背中を見送りつつも、ハンゾーを視界の中から外さなかった。
ハンゾーはゆっくりと立ち上がり、全然効いていないかのように首を左右に振った。
まるで表情を変えずにそうしている様は、米帝の映画に出てくる不死身のバンパイアの様だった。
突然、ハンゾーが右手を振った。
───何か投げた
アイはそれを躱すように身を捻りながら、左の方向へと転がった。
まだ身体の動きがイメージと掛け離れていたが、それでも目的の物を手にする事が出来た。
「動くと撃つぞ!」
アイはショットガンの銃口をハンゾーに向けた。
しかし、数秒間足を止めただけで、ハンゾーはすぐに歩き出した。
アイが撃てないと踏んでいるのだ。
実際にアイは引鉄を引くことが出来なかった。
近づいてくるハンゾーを睨みつけながら、アイは銃を使わずに追い払う方法が無いか考えていた。
ハンゾーが目の前に来てもいい方法は浮かばず、もはや成す術もなかった。
全く表情を変えずに大きく刀を振りかぶったハンゾーに
「撃つぞー」
と叫ぶのが精一杯だった。
振り下ろされた刀を銃身で受け、エルボーを顔面に向かって叩き込もうとしたが、ハンゾーの膝蹴りの方が早かった。
身体をくの字に折り曲げながら後方に飛んだアイは、もうどうする事も出来ないと感じた。
───殺すしかないのか
アイは唇を噛んだ。
それでも引鉄に指を掛ける事が出来なかった。
先ほどと同じ様に八双に構えたハンゾーは袈裟斬りを仕掛けてきた。ショットガンをバットのように使って刀を弾くと同時にアイはハンゾーのバックに廻った。
ガンを右手に持ったままコツの時よりしっかりと腕をロックして屈むと、臍の下に貯めた力を一気に開放して伸び上がった。
アイの身体がキレイに反り返り、ハンゾーを頭から地面に叩きつける。
これ以上無いというほど決まったバックドロップにアイは軽く感動を覚えた。
余韻に浸っている時間が無い事は判っていたので、アイはすぐに立ち上がり、よろよろと歩き始めた。
ハンゾーが気絶している間に、少しでもこの場から離れなければならなかった。
自分のバッグを拾い上げたアイは大きく目を見開いた。
あれほど強烈な投げを食らわせたにもかかわらず、ハンゾーが立ち上がったのだ。
少し目の焦点が合っていなかったが、それでもしっかりとした足取りでこちらに向かってくる。
アイは覚悟を決めた。
バッグを背中に担ぎ銃を握っていた右手に力を入れた。
突然ハンゾーが足を止めた。
それまで無表情だったハンゾーの眉間にみるみる内に深いシワが寄り、両手で頭を押さえるようにして片膝を着いた。
「大丈夫か?」
今の状況を忘れ、思わず訊いたアイに向かってハンゾーは刀を横薙ぎに振るった。
隙を突かれたアイは頭部に刀身の一撃を喰らってしまった。
「ぐがっ」という凡そ女らしくない悲鳴を上げて、アイの意識と身体は坂を転げ落ちていった。
【残り 32人】