BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


23

[ANOTHER MEETING(TMN)]

 カーサンがアイの腕の中で息を引き取り、ミツコがテルに射殺された事も知らず、須藤正美(マサミ:女子09番)は数冊の本を抱えて歩いていた。
 部屋に入ると、福間法正(ホーセイ:男子12番)が、丁度コップ置く所だったので
「あっ、飲んでくれてるんだ」
 と、マサミは声を掛けた。
「須藤さん、美味しいかったです。体も温まりましたし・・・どうも、ありがとうございます」
 ホーセイがマサミに会釈をするようにして軽く頭を下げた。
 マサミは照れくさくなって
「お味噌しか無くて、具が入ってないの。ごめんなさいね・・・それよりも、そろそろ休んだ方がいいわ。少しは体を休めないと」
 と、ホーセイを気遣った。
「ええ、判っているのですが、万が一のことを考えると・・・もう少しがんばってから休ませていただきますよ」
 メガネを持ち上げながら笑顔を作っている顔には、正直なところ、かなり疲労の色が濃く現れていた。
 マサミもホーセイも、体力には自信が無い部類に入る。
 それが、夜間ぶっ通しで作業をしていたのだから無理もない事だった。
 ホーセイに言われた本を整理しながら、マサミは昨夜の事を思い出していた。


 昨夜、17番目に本部を出発したマサミは、他の多くの女子と同じように泣きながら夜道を歩いていた。
 支給された荷物に入っていたのは小型のボーガンで武器としては微妙なモノだった。
 それよりも、唯でさえ人と争う事が苦手なマサミに人を殺すなんて、絶対に出来ない。つまり、優勝して家に帰るという可能性は殆ど0に近いのだ。
 一分でも長く生き延びる為には、見つかりにくい場所に隠れて、やる気になっている者をやり過ごす・・・その程度しか思考が及ばなかった。
 位置を確かめずに歩いていたマサミは、20分ほど林の中をぐるぐる周っていたようだった。
 ガサガサという草の擦れる音を聴いて我に返ったマサミは、どこかに身を隠そうとした。
 しかし、その場に自分の身を隠せるほどの障害物は全く無かったのだ。
 死を覚悟したマサミの目の前に現れたのがホーセイだった。3年になって初めて同じクラスになったが、図書室で当番をやっていたマサミは幾度か言葉を交わした事のある相手であった。
 恐怖に慄きながらも、敵意のない事を伝えようとしたマサミの口は、金魚のようにパクパクと開閉を繰り返しただけだった。
 そんなマサミに対してホーセイの発した言葉は意外なものだった。
「須藤さん、あなたに会えてよかった」
 言葉の意味が判らず、3秒ほどマサミの思考は停止した。
 その表情を見て取ったホーセイは、慌てて言葉を繋いだ。
「いえ、私はやる気になっている訳ではありません。寧ろ、プログラムには反対です。あなたに会いたいと言ったのは、別の意味で・・・」
 必死に説明するホーセイの声は、か細かった。恐らく、万が一に備えての事だろう。
 それを悟ったマサミは、状況を理解した上で
「私が何かの役に立てるの?」
 と、訊いた。
「はいっ」 
 確信に近い、自信に満ちた返事を聞いた瞬間、マサミのハラは決まった。
 どういった役割をすれば良いのか訊ねると
「路々、お話します。先ずはある施設にイの一番に着かなければならないんです」
 そう言って、東に向かって歩き始めた。
 先ほどと同様に意味は判らなかったが、行動を共にすると決めた以上、マサミは遅れないように付いていくしかなかった。
 そして、このリー7エリアに着いた時、始めてホーセイがバッグを下ろした。
 マサミの記憶が確かなら、この付近には何も無かったはずだ。 
 人気の無い所でないと出来ない事なのだろうかと思って見ていると、ホーセイは音を出さないように、慎重にジッパーを開け、巨大な弁当箱のような機械を取り出した。
 機械の横に付いているホースのようなモノをおもむろに左手に持つと、空いている右手で本体をゴソゴソと擦った。
 どうやらスイッチを探しているようだ。
 ようやく見つけたらしく、パチンという音と共に左手のホースの先がぼんやりと光った。
「いけない!」
 ホーセイは慌ててスイッチを切った。
 この状況で明かりを点けるのは、自殺行為に等しいのだ。
 マサミは思わず辺りを見回したが、特に異常は感じられなかった。
 胸を撫で下ろした瞬間「あの・・・」と、声をかけられた。
 反射的に身構えた二人は、声のした方向を凝視した。
 そこから進み出てきた小さな影は諸星宗平(デスカラ:男子15番)だった。
「ぼ、ぼく、やる気は無いですカラ」 
 そう言って、デスカラは両手を上げた。敵意の無いという証拠を見せているようだ。
 安堵を覚えたマサミと対照的に、ホーセイが低い声でデスカラを威嚇した。
「諸星さん、やる気が無いと言うのなら、早々に立ち去りなさい。今回は見逃してあげますよ」
 予想外の言葉に、マサミは次の言葉を飲み込んでしまった。
 ───諸星君なら、仲間にしても・・・
 張りつめた空気を破ったのは、デスカラだった。
 いきなりその場で土下座をしたデスカラは、泣きながら訴えた。
「ぼくを仲間に入れて下さい。このまま一人で居ても、きっと誰かに殺されます。それなら少しでも信用できる人達と一緒に居たい・・・」
「静かになさって下さい」
 ホーセイは素早くデスカラの口を塞ぐと、耳元で囁くように言った。
 緊張した面持ちで成り行きを見守っていたマサミに、ホーセイは「仲間が増えました」と言って微笑んだ。
 マサミが涙で顔をくしゃくしゃにしているデスカラの手を取って立たせたのを確認すると、ホーセイは、しゃべらないようにとゼスチャーで合図し、さらに数メートル先に進んだ。
 行き止まりになっている藪の手前で、ホーセイは妙な動きをした。マサミには空間をこね回したように見えた。
 その後、ホーセイは二人の手を掴み、目の前の大木に向かって引っ張った。
 あっと思う間もなく、マサミは木の中に吸い込まれた。
 デスカラと共に、仰天の表情を見せあった二人は、更に手を引かれて奥へと進んだ。
 そろそろ気味が悪くなり始めたところでホーセイは立ち止まった。
「ここを動かないで下さい」
 そう言って、左の方向へ移動したホーセイは何かをガタガタと動かした。
 そして、もう一度支給されたバッグから例の機械を取り出してスイッチを入れた。
 ぼんやりとした明かりがホーセイの顔を照らす。
 その光も、すぐに消えた。
「勝手な行動ばかりで、すいませんでした。いくつか早急にやる事がありますが、先ずは普通に話していただいて結構ですよ」
 と、説明するホーセイに
「ここがさっき言っていた目的の施設なの?」
 と、マサミが尋ねた。
「はい、そうです。ここは父の職場だった所で、専守防衛軍の研究施設なんですよ。通称“ラボ”といいます。敵性言語なんですけどね。あっ、諸星さん、その机の引き出しに蝋燭が入っていますから、火を点けていただけますか」
 ホーセイはデスカラに指示をした後、別の机にあった紙に何かをメモした。
「この施設は擬装処理がしてありますし、支給された地図にも載っていませんから、そう簡単に見つかる事はありません。しかし、万が一に備えて先ずはお手伝いをお願いします。詳しい事はその後で・・・」
 そう言って、ホーセイは様々な薬品や部品を組み合わせて、到る所に設置した。
 マサミは言われるがままに作業をこなしていったが、胸には一抹の不安は残っていた。
 全ての作業が完了した午前4時頃、マサミはホーセイに説明を促した。
「驚いて取り乱したりしないで下さいね」
 と前置きした後、二人に対してホーセイが突き出した紙には、信じられないような、しかし希望に満ちた言葉が書いてあった。
“実はプログラムから脱走しようと考えています”

【残り 32人】


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