BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


24

[Forgotten(ゴリラ・ビスケッツ)]

 ほぼ真上から照り付けている太陽は、木々の枝や葉によって木漏れ日となっていた。
 小春日和の陽気には小鳥の鳴き声や川のせせらぎがつきものだが、全くもって相応しくない音が発せられていた。
 鼻水をすする音だ。
 井上鐘山(ゾウさん:男子02番)は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、自分の手首を切っていた。
 得物は、鉛筆を削る為に筆入れに入れていた「備後ノ守」という折りたたみ式の無骨なナイフなせいか、上手く切る事が出来ないまま無残なためらい傷を増やす一方だった。
 鐘山が自殺を選んだのは、夜中の出来事の為だった。
 学年でも有名な佐々本大吾(ダイゴ:男子07番)と、中村さくら(さくら:女子12番)のカップルに浜辺で遭遇した鐘山は、希望の光を見たような気がした。
 こんな状況でも、二人の愛は変わらないのだと思うと、殺伐としていた心が和むようだった。
「力を合わせて生き抜こう」
 そう言っているのだとばかり思っていた。
 しかし、その後でダイゴの発した言葉は
「オレと一緒に死ぬんだ!」
 だった。
 鐘山は自分の耳を疑ったが、そういう選択も有り得なくは無いと自分に言い聞かせた。これは、ダイゴとさくらの問題なのだから・・・。
 しかし、それをさくらが拒絶し、ダイゴが銃を抜くに到って鐘山の何かが壊れた。
 無意識のうちにダイゴを突き飛ばし、さくらを逃がした。
 絶叫するダイゴに慄きながらも、鐘山はさくらと反対方向に逃げた。
 何度も足がもつれて転倒したが、必死に走リ続けた。
 ダイゴを撒いたか確認をする為に、一度だけ振り向いたが、その瞬間に銃声が鳴り響き、鐘山は再び駆け出す羽目になった。
 山の中でようやく足を止めたが、震えが止まらなかった。
 午前6時の放送も、気休めにはならなかった。2人も退場者が出ていたのだ。
 鐘山の繊細な神経は、もう限界だった。
 かくして、自殺という選択を取った訳だが、それさえも鐘山には成就する事は出来ないのだ。
「僕は、し、死ぬ事さえ上手く出来ないのか・・・」
 メガネを外し、涙を拭った鐘山の前に黒い影が立ちはだかった。
「ヘイ、スモールポテト、それじゃあ上手くいきっこない」
 黒い影の声に、鐘山は慌ててメガネを掛けた。
 目の前に突然現われたのは、秋山蘭(ラン:女子01番)だった。
「うわわあああ」
 鐘山は持っていたナイフを慌てて突き出した。
 しかし、ランは全く動じず、寧ろ呆れたような表情で鐘山に言った。
「自殺できなきゃ他人を殺るのか? それは思慮が浅いぜ、スモールポテト」
 ランの言葉に鐘山はうつむいた。
 何故か、無償に恥かしかったのだ。
 ナイフの刃をしまうと、また涙が零れてきた。
 メガネの縁から溢れ出した涙をランがハンカチで拭ってくれた。
 驚く鐘山にハンカチを持たせると、ランは背中のバックから包帯や薬を取り出し、中腰だった鐘山を地面に座らせた。
 されるがままに従っていると、ランは不気味な傷跡が付いた鐘山の手を取り、黙って手当てを始めた。
「ぼ、僕、自殺も上手く出来ないんだ・・・」
 沈黙に耐えかねた鐘山が口を開いた。
 ランは鐘山の手首を消毒しながら「そうかい・・・」と短く答えただけだった。 
 ふっと気持ちが緩んだような気がして、鐘山はこれまでの事をランに話した。
 ランは相槌をうつでもなく黙って聴いていた。
 支給されたライフルAR−M16を使おうとしたが、鐘山の短い手ではトリガーに届かず、銃での自殺は諦めざるを得なかった。
 仕方なしにナイフを使ったのだが、どうしても深く斬る事が出来ず手首が傷付くばかりだったのだ。 
「どうして死ぬ事さえ出来ないんだろう」 
 鐘山が呟いたと同時に治療が終わったのか、ランが初めて口を開いた。
「そいつはな、スモール、あんたが本当に死にたがっていないからさ」
 優しい言葉を掛けてくれるのではないかと思っていた鐘山には、予想もしていないものだった。
 立ち上がるのと同時に、ランの右手が胸の辺りに動いた。
 セーラー服のスカーフを直したように見えたが、すっとこちらに突き出されたその手には、大型の銃が握られていた。
 銃口は、正確に鐘山の額を向いている。
 突然の出来事に、パニックを起こした鐘山の目は、銃口とランを何度も忙しなく往復した。
 こちらを見つめるランの瞳が少し怒っているように見えた。
「いいかスモール、いまアンタが感じているのが“死”だよ。どんな気分だ、ベイビー?」
 鐘山は、緊張のあまり唾を飲もうとしたが、必死で堪えた。
 その動作だけで、ランが引鉄を引きそうだったからだ。
「自殺したいって言うのなら、他人の世話になっても同じ事だよな? でも、アンタは銃を突きつけられて恐怖を感じている。何でだか分かるかい?」
 そう言うと、ランは銃を握った手を下ろした。
 鐘山の体からも緊張が解け、体中から汗が吹き出した。
 汗と一緒に、体中の力が抜けていくように感じ、鐘山はへたり込んでしまった。
「それはね、アンタが“死”を否定しているっていう証拠だよ。アンタは生きたがっているんだ。そんな奴が自殺をしようなんて、到底無理な話じゃないか」
 ランは銃を胸のホルスターに戻すと、鐘山の肩をポンと叩いた。
「悪かったね、無茶な事をして」
 ランの声が優しいトーンに変わっていた。
 鐘山が首から下げている地図を取り出し、印をつけると
「この地図には載っていないけど、印をつけた所に小奇麗な別荘があるから、気が向いたら行ってみてゆっくり休むといい。南側の二つ目の窓が開いてるから、そこから入れるよ」
 そう言って、自分の荷物を持った。
「じゃあな、スモールポテト」
 立ち去ろうとするランに礼を言おうとしたが、動揺をしていた鐘山の口からは全く違う言葉が出てきた。
「秋山さん、何で僕をスモールポテトって呼ぶの?」
 少しためらうように振り向いたランは
「去年の夏休みに、水泳の補講があったのを覚えているかい? アンタ、遅刻して慌てていたんだろうね。男子と女子の着替える教室を間違えて、あたしのいる前で全裸になったんだよ。あたしも少し遅刻したお陰で、貴重なモノを拝ませてもらったんだけど、サイズがね・・・」
 そう言って、イタズラっぽく鐘山の股間を突付くように指差した。
 片手を上げて別れを告げたランの背中を、鐘山は赤面しながら見送っていた。

【残り 32人】


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