BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


25

[それは黄昏(五木ひろし)]

 蔵神担当官補佐は、時計をチラッと見た。
 時刻は午前10時30分を少し回ったところ。先ほどの放送から4時間以上が経過していた。
 一般兵は“小隊大休止”といって、半数が仮眠を取りに行った。
 仮眠と言っても、生徒たちが出発して行った部屋で寝袋を使って休むだけで、非常呼集が掛かると当然叩き起こされる。
 よって、ぐっすりと眠る事は出来ないのだが、それでも作戦を円滑に進行させる為には貴重な時間だった。
 蔵神、紗紅の両担当官補佐は“担当官付き”なので、士官と同じような扱いになり、仮眠等の時間は割り振られていなかった。
 今も、開始からこれまでの生徒たちの軌跡をチャートにまとめていた所だ。 
 多くの生徒は単独で行動をしていたが、中には数人で集まり、篭城を決めこんでいる者達もいた。
 ───生き残れるのは一人なのに・・・
 心情的な事は別にして、こう思わざるを得なかった。
 蔵神自身も身内にも“プログラム”に当たった者はいなかったからだ。
 京都で生まれ育ったので、年に数回はニュースで“プログラム”の開催を知らされていたのだが、文字通り“数年に1度見かけるだけのイベント”といったような認識しかなかった。
 実際に現場に出てみて徐々に湧き上がる複雑な心境を抑えながら、自らに課せられた任務を遂行していった。
 本部では、書類はもちろんの事、様々な案件を処理しなければならないので、時間に追われる事が多かった。
「学生のうちから実務経験も詰めるし、それなりに顔を売る事も出来るから、やっていて損は無いぞ」
 防衛大学の教官の言葉を信じて担当官補佐に志願したが、学生の身分には少々荷が重い様に感じた。
 怒矢担当官も常に書類に万年筆を走らせ、直属の兵士達に端的に命令を伝えている。
 かなり効率良く作業を行っているというのに、少々時間が押しているようだった。
 ───これだけの作業を一人でやる担当官もいるって聞いたけど、どんなバケモノだ。
 暫しの間、もの思いに耽っている蔵神を派手なくしゃみが現実に引き戻した。
「へーっくしん」
 “怒矢直属”の加東が、鼻を擦りながら立ち上がり
「女子17番 南光子、同19番 和田道子の死亡通知書を作成しました」
 と、言って、書類を怒矢に渡した。
 机から顔を上げて2枚の紙を見た怒矢は、それを『死亡通知書』と書かれた大きな封筒にしまった。
 そこには森田晃一や神崎千代の書類も入っているはずだ。
「出発前に死亡した二人の分はどうした?」
「それは、こっちです」
 加東は自分の机に戻ると、別の書類を怒矢に差し出した。
 怒矢は、後から渡された2枚を眺めながら
「よし、お前はアレだ、中素と一緒に盗聴の方に廻ってくれ。あー、その前に鷹木が無茶をしていないか確認を頼む。思想矯正とはいっても拷問で殺したとなると寝覚めが悪いからな」
 と、加東に言い渡した。
 あまりに事務的な怒矢の対応に、蔵神が顔をしかめると、それを見咎めた加東が
「何だ、この野郎」
 と、蔵神の顔を覗き込むようにしながら言った。
 中嶋弘志の処刑以来、何となく加東に対して不信感を抱いていた蔵神は「いえ、別に・・・」と、吐き捨てるように言い返し、席に戻ろうとした。
 その肩を大きな手が掴んだ。
 体ごと加東の方を向かされた蔵神は、次の瞬間、殴り飛ばされていた。
 いいパンチをもらい、壁までよろけて倒れ込んだ所へ、今度は蹴りが飛んできた。
「うがっ・・・」
 という苦鳴にもかまわず、加東は服を掴んで蔵神を立たせると
「いずれはオレ達の上司になる士官候補生かもしれんが、今はオレ達のほうが階級は上なんだ。舐めた事をすると、この程度の“修正”じゃあ済まさないぞ」 
 と、脅しを掛けるように言った。
 口の中に血が溢れ、鉄の味が広がってくる。
 思わず逆上した蔵神が、奥歯を噛み締め、拳を握った瞬間
「カトさん、厳しすぎー」
 白塗りの男が、ぬっと顔を突き出しながら言った。それまで全く気配を感じさせていなかった四村だった。
「カトさん、愛が足りないって」
 目を見開き、下顎を突き出すようにして四村が言った。
「アイーか?」 
「そう、アイーン」
 何度も言い合いながら二人は盗聴をしている席に移った。
 二人を目で追いながら切れた唇を拭っていると怒矢担当官から声が掛かった。
「蔵神、何で殴られたか分かるか?」
 問い掛ける表情が何故か悲しそうだと蔵神は思った。
「加東がお前を殴ったのは軍の統率を守るためだぞ。いいか、自分が正しいと思うことをやりたかったらな、エラくなれ。そうすれば誰も文句なんて言わない」
 それだけを言うと、また書類に目を戻した。
 タイミングよく紗紅担当官補佐がハンカチを差し出した。
「担当官のお気持ちも察してあげて・・・」
 自分の手で血を拭くことで辞意を示したが、作戦発令時に初めて顔合わせをして以来“プログラム”の事以外で話をした事は初めてだと気付いた。
 不思議な感覚を覚えた蔵神は、紗紅の表情を読み取ろうと彼女の顔を覗き込んだ。 
「いつかあなたにも分かる時が来る・・・」
 そう言い残した、紗紅は部屋を出て行った。
 自分だけが取り残されているような気分に陥りながら立ち上がると、視線の先にあるモニタのライトがまた一つ緑から赤に変わった。
 それはまた一つの命が失われた事に他ならなかった。 

【残り 31人】


   次のページ   前のページ   名簿一覧   表紙