BATTLE ROYALE
〜 死神の花嫁 〜


26

[悲しい意地(宮史郎)]

 照りつける陽射しも吹き抜けるそよ風も今の自分には苦痛だった。
 吉川亘(コツ:男子19番)は足取りが重くなっているのを自覚していた。
 行武康裕(ハンゾー:男子18番)に斬りつけられた左手は止血していたが、胸の部分はタオルをあてがっているだけだったので血が流れすぎたのかもしれない。
 休める場所を求めてフラフラと山中をさまよっていた。
 体調が悪くなる前からコツの頭の中に浮かぶのは藤井亜衣(アイ:女子15番)に対しての悔悟の念だった。
「南を殺したのが藤井だったなら、ハンゾーが斬りつけてきた時に助ける訳は無いよな・・・」
 自分が勝手に思い込み、取り乱した挙句に藤井を撃ってしまったという事が今になるとハッキリと判るのだ。
 コツは右手に握っているワルサーカンプピストルを見つめて唇を噛んだ。
 銃口が大きくて、まるで玩具のように見えるこの銃は、信号弾のように一発ずつしか撃てない反面、様々な弾頭が付属していて、炸裂弾や焼夷弾のような破壊力の強いものや殺傷能力を抑えるゴム弾まで選ぶ事が出来た。
 アイを撃ったのはゴム弾だったので死ぬような事はないが、少なくともケガはしているはずだ。
 どんな形でも、謝らなければならないと思った。
 腰を掛けられそうな切り株を見つけて座り、そっとタオルをとって傷痕を見たが、腕を動かすとまた出血しそうな感じだった。
「このままじゃ・・・」 
 その先を口にする事は恐くて出来なかった。
 孤独感と死の恐怖、そして失血症状がミックスされ嘔吐しそうだった。何度も込み上げてくる吐き気を抑えようと水筒を取り出して水を飲んだ。
 少しだけにしておこうと思っていたが自分の意に反して喉は上下し、遂には飲み干してしまった。
 空っぽになった水筒を地面に置いて、ふうと吐き出した吐息に併せるかのように、目の前の斜面で草木が揺れた。
 目で追うと木々の隙間を縫って女子が逃げて行くのが見えた。
 天地里美(サトミ:女子02番)だと気付いて追いかけようとしたが、気持ちはともかく足が動かなかった。
「何をやってるんだ、まったく・・・」
 プログラムが始まってから後悔ばかりしている。そんな自分が嫌になっていた。
 その時、目の前に生えている草木が先ほどと同じように大きく揺れた。サトミが戻ってきたのだと思い、すぐに口を開いた。
「天地さん、オレはやる気じゃないよ。それより、ちょっと頼みが・・・」
 コツは途中で言葉を飲み込んだ。
 藪の中から姿を現したのはサトミではなく、佐々本大吾(ダイゴ:男子07番)だったからだ。
 額の汗をぐいっと拭ったダイゴは軽く片手を挙げた。挨拶のようだ。
 しかし、コツはその挨拶に応じる気にはならなかった。
 その手に銃が握られていたからというのもあったが、ダイゴの様子がいつもと違っていたからだ。高熱が出ているかのように真っ赤な顔でこちらを見ているが、いつもの明るいという表情より不気味な印象が強い。3年間ダイゴと同じクラスだったがこんな表情は見た事が無かった。
「ケガしてるのか? 誰にやられた」
 と、心配そうに尋ねてきてもコツの警戒心は消えなかった。不安を拭いさるためにコツはある質問をした。
「ダイゴ、お前ひとりなのか?」 
 ダイゴが出発するときに暗号めいた言葉を口にしていたのを聞いている。恐らくアレは中村さくら(女子12番)だけに分かる符牒なのだろう。そしてそれは合流する為のものに他ならないと察していた。
 そういう事があったにもかかわらず、この場に現れたのがダイゴ一人というのはどう考えても不自然だった。
 そしてその一言は図星だと分かった。
 ダイゴの表情が一変したからだ。
 眉が吊り上がり顔がどす黒く変化した後、顔中の筋肉がワナワナと震えだしたのだ。
「一人で悪いか?」
 搾り出すように言った唇の端からは泡のようなものと食いしばった歯が見えている。明らかに普通ではなかった。
「・・・中村を探さないのか?」
 思い切って訊いてみたコツに対し、ダイゴの返事はパンチだった。
 寸前でパンチをかわしたものの、その場にヘタリこんでしまったコツにダイゴはまくし立てた。
「うるせぇ。オレはサクラと一緒に心中しようと思っていたんだ。サクラとなら死んでもいいと覚悟を決めてあいつを待っていた。なのにあいつは・・・」
「付き合いきれないよ」
 コツは何とか立ち上って言葉を搾り出すと、足を引きずりながら歩き出した。
 背後でカチリという音がしたのと同時に銃声が鳴り響いた。
 足元に開いた穴を眺めた後、ゆっくり振り返るとダイゴが引きつった笑いを浮べながら銃を構えている。
「一番信用していたサクラに裏切られたんだ。もうオレは誰も信用しない。プログラムで生き残るために全力を傾ける。最初におまえを血祭りにあげてな」
 唾を飛ばしながらまくしたてるダイゴに反論しようとしたが、コツの身体から急速に力が抜けていった。失血の症状が出ているのだった。
 薄笑いを浮かべながら近づいてくるダイゴに対抗するべく右手の銃を持ち上げようとしたが、まったく力が入らず、映画に出てくるスローモーションのような動きになっていた。
「何がしたいんだ、お前」
 そう言ってダイゴが引鉄を引いた。
 号音と共にコツの身体が左に半回転した。
 とっさに被弾した肩を押さえたが、ぬるっとした血の感触だけで痛みは感じなかった。
「どうした、せっかく銃を持ってるんだから撃ってみろよ。それともそれはおもちゃなのか?」
 下卑た笑いを消してやりたかったが、コツには反撃する力が残っていなかった。
「あたしでよかったら手を貸すよ」
 突然、別の場所から響いた声にコツのみならず、ダイゴもぎょっとしていた。
「アンタみたいなクズを生かしておくとロクな事がないからね。きっちりここで引導を渡してやる」
「誰だ、何処にいる! 姿を見せろ! ひ、卑怯だぞ」
 見えない敵に怯え、ダイゴは後ずさりを始めていた。
「ほら、あたしならココにいる・・・見えないのかい?」
 周囲を見回しても発見できず、パニックに陥ったダイゴは脱兎のごとく駆け出していった。
「肝のちっちゃい男だね」
 コツの前に姿を現したのは秋山蘭(ラン:女子01番)だった。
 出血している左手を見て
「今日のあたしはツイてるねぇ、ケガをしている男子にばっかり会うよ。優しい言葉をささやいたら、みんなあたしにメロメロになるんじゃないか?」
 と、ランは軽口を叩いていたが、シャツをはだけると押し黙った。
 血が噴き出している傷を見たのだろう。素人が見ても助かりそうにない事が分かるはずだ。 
「大丈夫・・・・・・分かっているから」
 コツはランに迷惑をかけまいと笑顔を作った。
「秋山さん、頼みがあるんだけど・・・」
 段々、声を出すのも辛いような状態になってきていた。それを察したのか、ランはコツの口元に耳を近づけてくれた。
「ありがとう」と、つぶやくように礼を言って、これまでの事を伝えた。
 黙って聞き終えてから、ランは
「じゃあ、アイはそこに居たんだね?」
 と念を押すように言った。
 寒気が襲ってきたコツは身震いをしてから何度も頷いた。
「だから・・・謝ってたって伝えて欲しいんだ。もう、直接言えそうに無いから」
 寒気と同様に今度は睡魔が襲ってきた。残された時間はあと僅かなんだろうとコツは悟った。
 ランがゆっくりと地面に身体を横たえてくれた。
「じ、銃も・・・よかったら、つ、使って・・・」
 ランが無造作にカバンを掴み挙げ、カンプピストルと弾丸を取り出した。
 そのままコツの方に向き直ると「楽にしてあげようか?」と訊いてきた。
 ゆるく首を振って辞意を表すとランは軽く手を挙げ 
「サンキュー、アンタのおかげでアイの居場所が分かったよ。じゃあ・・・」
 と言って、振り返る事なく駆けて行った。
 ランを見送ったあと、コツは頭を動かして空を見上げた。
 さっきは苦痛に思えた陽射しがコツを柔らかく包んでいた。
「いい・・・天気だな」
 春の陽射しとは裏腹にその目から光が失われていき、コツは静かに息を引き取った。

【残り 31人】


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