BATTLE
ROYALE
〜 死神の花嫁 〜
7
[The Inflence (Jurassic5)]
男子1番の東輝久、女子1番の秋山蘭というように、男女交互に出発して行くのを川上優(ユウ:男子05番)をはじめとする3年2組の面々が見送った。
一文字貞子(サダコ:女子3番)が青い顔をして部屋を出て行った。
普段から青白い顔が、まるで死人のようになっていた。
そして、その2分後が岡田尚之(アニキ:男子4番)であった。
蔵神担当官補佐に名前を呼ばれたアニキは、思い切り椅子を引いて立ち上がると、肩をいからせながら教卓まで歩いて行った。
───こんな時まで虚勢を張って・・・
ユウは呆れながら、その様子を見ていた。
「おい、早く出せよ」
教卓まで行ったアニキが蔵神に言った。
「宣誓をしろ」
蔵神が低い声でアニキに言い返した。
「ナメんじゃねえぞ、コラ」
怒鳴りながら蔵神の襟首を掴もうとした瞬間、アニキの体は一回転して床に転がっていた。
───浮落(うきおとし)
何人かは、その技を見切っていたが、殆どの生徒と技を掛けられたアニキ自身は、何が起きたのか全く判らない様子であった。
蔵神は、冷ややかな目つきでアニキを見下ろすと「このまま死ぬか?」と、短く言った。
アニキはゆっくり立ち上がると
「オレは殺し合いをする。殺らなければ殺られる」
と、小さな声で言った。ユウには、その声が震えているように聞こえた。
放り投げられたバッグをアニキが受け取った瞬間
「オイキナサイ」
と、もう一人の担当官補佐、紗紅イズコが言った。
アニキは薄気味悪そうな顔をしながら部屋を出て行った。
アニキが出発して2分後、神崎千代(チヨ:女子4番)の名前が呼ばれた。
目が赤くなっているようだが、彼女がかけているメガネのせいで、ハッキリとは分からなかった。
さらに2分後、いよいよユウの番になった。
担当官補佐の前まで行ったユウは、先の二人と同じように宣誓をしたが
「オレはころしあいをする。やらなきゃ、やられる」
という、機械的で心のこもっていない言葉だった。
ユウは荷物を受け取ると、全員が仰天するような行動に出た。
「なあ、武器の中には銃も入っているのか? オレ、南部式自動拳銃が好きなんだけど・・・」
と、蔵神という担当官補佐になれなれしく問い掛けたのだ。
全員の頭に中嶋弘志の惨劇が浮かび、緊張が走った。
「よせ、ユウ!」
ユウの親友ある早瀬遼(リョウ:男子11番)が思わず叫んだ。
怒矢がニヤニヤ笑いながら
「こういう元気のある生徒は、個人的に好きだぞ。但し、やり過ぎると二人の担当官補佐からお仕置きを喰らうかもな。今度は岡田の時のように優しくされんかもしれんぞぅ」
と言った。
ユウは、軽く頷きながらリョウの方を向いた。
リョウは、その様子にハッとしながらも、同じように軽く頷いた。
それを確認したユウの背中を押すように、紗紅担当官補佐が
「オイキナサイ・・・」
と、言った。
同じ台詞を言っていても、反抗的なアニキの時には冷たく感じ、足が震えているチヨの時は「お行きなさい」と促がすように聞こえた。
今、しっかりとした足取りで出発しようとしているユウには「お生きなさい」と優しく言っている感じなのだ。
この女性担当官補佐の不思議な雰囲気が、何故かユウには悪意として感じられなかった。
思わずイズコの顔を覗き込んだが、フッと不敵な笑いを浮かべてユウは、歩き始めた。
ドアの手前でリョウの方に視線を向けると、リョウは全てを理解したようにしっかりと頷いてくれた。
───これでひと安心だ。
それでもユウは、廊下に出るなりバッグに手を突っ込んだ。
自分の武器が何かを確認する為だった。
周りを見ると、先程から入れ替わりで教室に入ってきた兵士たちが、廊下の両端にキチンと整列している。
加東、四村、鷹木・・・それ以外にも10数名の兵士が小銃を胸に抱えて並んでいた。
大東亜共和国純正の「百式」と呼ばれる小銃であった。
「おかしなマネしちゃ、やぁーよ」
妙な口調で声を掛けてきたのは、四村と呼ばれていた兵士だ。
ユウは四村から目を離さないようにしながら、ゆっくりと出口に向かった。先ほどとは違う四村の雰囲気がそうさせたのだった。
ユウはバッグを抱くようにして出口に向かい、何度も後ろを振り返った。
ありえない事だが、後ろから不意に撃たれるのを警戒したのだ。
ようやく出口に着くと、今度は外に向けて全神経を集中させた。
直前に出発した神崎千代(チヨ:女子04番)はともかく、その前に出発をした岡田尚之(アニキ:男子04番)は絶対に何かを企んでいるはずだ。
ユウは注意深く出口の様子を窺った。
今になって気が付いたが、外は夜の闇に包まれている。
新月なのだろうか・・・月明かりも望めないような状況だった。
目を凝らしてみると出口の外にはグラウンドのような広場が見えた。
周りには身を隠すようなものも少ない。
───大丈夫そうだ・・・
滑るように建物から出たユウは、差し当たって身を隠せそうな出口右の茂みへ駆け出そうとした。
そこへ「おい、川上・・・」と声が掛かった。
チッと舌打ちをしながら振り向くと、そこには当然のようにアニキが立っていた。
索敵にタップリと時間を掛けたつもりだったが、この暗さと出口にあった蛍光灯の為にどこか見落としていたのだ。
ユウは隙を見せないように半身になりながら「何の用だ」と、短く言った。
「おいおい、そんなに身構えるなよ・・・」
アニキは笑みを浮かべ、フレンドリーな口調で近づいてきた。
それに対し、ユウは眉間にシワを寄せたまま、油断無く距離を取った。
流石にアニキも苦笑いを浮べ「やっぱり信用無いんだな・・・」とつぶやいた。
「OK、オレのプランを話す。と言っても単純なんだが・・・みんなで力を合わせて、この本部を襲撃するんだ!」
と、アニキは聞いてもいない事を、得意気に語り始めた。
「全員が出発してから20分後に禁止エリアになるってあの担当官が言っていただろう? 逆に言えば20分の間このエリアにいられるっていう事だ。ご丁寧に武器もくれる訳だし、30人がかりで一斉にかかれば、こんな小屋は一発だぜ!」
続けて熱弁を振るうアニキに少々呆れたユウは
「そんな事の為に一番目に立候補したのか?」
と、一応尋ねた。
ユウの言っている意味が判らないといった表情をしながら
「当然だろう・・・他に理由なんてあるか?」
と、アニキが答えた。
「あのなぁ・・・」
ユウが口を開きかけた時、後ろで気配がした。
振り向くと、ユウの次に出発をした霧島リノ(女子05番)が、硬い表情をして立っていた。
───しまった・・・
リノと目が合ったユウは唇を噛んだ。
本人同士はともかく 第三者から見れば、この状況は殺り合う直前のやり取りだ。
言い訳を含めた色々な言葉が頭を駆け巡ったが、アニキがそれをブチ壊しにする台詞を先に口走った。
「おう、霧島 話があるんだ。ちょっと来いよ」
リノの顔色が一瞬で青くなり、小刻みに体が震えだした。
すがりつくように自分の持つ荷物を抱きしめると、すり足でゆっくり左手の方へ移動を始めた。
「怖がらなくていい。お前にもイイ話だ」
アニキが一歩踏み出した途端、リノは駆け出した。
リノは運動部ではなかったはずだが、見事なダッシュで広場の向こうへと姿を消した。
「何だ、あいつ・・・」
不満を口にするアニキに対し、少々呆れながら
「オレも行くぜ。エッジと違って、オメェには付き合いきれねえからな」
と、言ってユウは踵を返した。
「ちょっと待てよ!」
声を荒らげて言うアニキに静止を促すように
「それ以上こっちへ来るな」
と、落ち着いた口調で言い、ゆっくりとバックの中に入れた手を抜くそぶりを見せた。
アニキの体がビクッと反応した。
───予想通りだ。
「オレはお前達とはツルまねぇ」
「何ィ・・・」
静かなやり取りをアニキの怒声が破った。
「オメェの浅知恵なんざあ その程度だろうよ。一番目に出発しようとしたっていうのは確かに理に適っている。だけどな・・・」
ユウは一旦言葉を切った。
後ろの気配を確認したのだ。
───まだ大丈夫か・・・
「間違いが2つある」
ユウはそう言って拳を突き出した。
人差し指を立てると
「一つ目は、そんな単純な作戦なんて、政府は読んでいるって事だ」
眉根を寄せるアニキに
「“プログラム”は毎年50回やっているんだぞ。それも20年近くだ。単純計算で約1000回行われているんだ・・・同じ事を考えたヤツもいるはずだぜ。なのに、なぜ成功した例を聞いた事がないのか? 簡単さ・・・情報操作をしていない限り、そんなヤツは皆殺しにされているんだよ」
と、吐き捨てるように言った。
「そして二つ目は、それを実行しようとしているのが単純なオメェだっていう事だ」
イタズラをした子供を叱るように言ったユウに対し
「・・・っ、な、なんだとぅ」
アニキは黄色い歯を剥き出しにした。
「成功するかどうかの判断も出来ないヤツの策に誰が乗るんだ? それも普段の素行が悪いオメェの策によ。大方、支給された武器がハズレだったんだろう? だから、何としてでも仲間が欲しい。それが、このオレだとしてもだ。早い話、仲間になったら武器をかっぱらおうっていう寸法だったんだろうが・・・甘かったな」
アニキを煽りながらも、ユウは右方向に移動をした。
顔が紅潮させながら
「お前・・・絶対に、殺してやる・・・・・・」
アニキの脅し文句を待っていたかのように、ユウは駆け出した。
「うぉおおおおおおおおお」
怒りを乗せたアニキの雄叫びが、ユウの背中と冷たい春の夜に響いた。
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