BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第1部
〜コードネームの反逆者〜


5「志を継ぐ者」

 玄関から飛び出すと、若い兵士たちが車に乗り込もうとしているところだった。
「待ってください」
 彼らが振り返る。
「なんだよ、こいつ」
 バカにしたように呟きながら近づいてくる。
「そんなに好きですか?」
「はぁん」
 機嫌悪そうに、見下ろされた。
「中身は、お金ですよね? そんなに好きですか?」
「なに言ってんだ、コイツ。うるさいガキだな」
 目前に迫った自分よりはるかに大きな兵士たち、それでも私は向かっていった。
「どうして『プログラム』なんてするんですか。おまけに、死んだ人の家族から、お金を取るなんて、どうしてですか?」
「あのなぁ。この金は、あっちがくれるって言うから、もらってやってるの! 政治献金だよ、わかるか、政治献金!」
 声を荒げられても、食い下がった。。
「嘘!! お兄ちゃんが『プログラム』を壊そうとしたから、死刑にするって脅したくせに」
「お兄ちゃん。じゃぁ、お前、妹か? 三村信史の」
 兵士の1人が、興味深そうに覗き込んできた。
「なるほど、兄も相当な美男子だったそうだが、コイツも2〜3年たてば、イイ女になるかもな」
 下品な視線を体の上から下へとはわせてくる――怒りが込み上げた。
 こんな人たちのせいで、お兄ちゃんが死んでしまったのかと思うと、くやしくて仕方なかった。
「どうして、こんな……、どうして、あなたたちみたいな人に、お兄ちゃんが殺されなきゃいけないの!」
 言っているそばから、涙があふれてくる。
「返してください、お兄ちゃんを返して!」
 最後の方は、声になっていたのかもわからない。けれども、力一杯、叫んだ。
「けっ、何なんだコイツ。どうする」
「やっちまうか。国家反逆罪の犯罪者の妹だ。刃向かってきたから、やっちまったってなっても平気だろう」
 もう1人の兵士が、口元をゆるめた。
「なるほど、そりゃいいや。顔もなかなかだし、胸はまだまだだけど、この歳の体がどうなってるのかも興味あるしな」
 会話の意味は、よくわからなかった。
 やるというのは、殺すという意味かと思っていたけれど、どうも違うようだった。
 でも、自分の身に危機が迫っていることは十分に理解できた。
 1人が手を伸ばしてくる。
「一緒に来てもらおうか、お嬢ちゃん」
 捕まるわけにはいかない。
 両わきを通そうとした兵士の腕、しかし、子ども相手だということもあってか、とてもゆっくりした動きだった。
 とっさに体を低くすると、宙を舞うそれに噛みついてやる。
「こいつ!」
 地面に叩きつけられる。
「まったく、暴力はいけないねぇ」
 もう1人に、今度こそ、両わきにの下に腕を入れられて持ち上げられた。
「離してよ!!」
 手足をバタつかせるが、ビクともしない。
「大人しくしろ!!」
「何の騒ぎだね」
 騒ぎを聞きつけた父が、姿を現す。
「あっ、三村さん。コイツは、国家反逆罪の被告の妹なのですが、私たちにからんで来まして、連行して取調べを行いたいと考えたのですが、少々抵抗いたしまして」
 正直なところ、父に助けを求めるのは嫌だったが、このまま連れ去られるよりはずっとマシに思えた。
「助けて、お父さん!!」
「お父さん? 三村さんの娘さんなのでありますか?」
 今はじめて気づいたように、白々しくたずねる兵士たち。
 もちろん、助けてくれると思った。
 しかし、
「知らんな。どこの子か知らんが、自分の罪に他人を巻き込むなど、迷惑な話です」
 耳を疑った。
 信じられない。いくらなんでも、自分の娘を他人だと言い放つとは思わなかった。
 抵抗する気力もなくした私は、車へと抱えられていく。
 その時、目の前を帰宅してきた母が通った。
 父はダメでも、母は絶対に助けてくれる。
「お母さん、助けて!」
 最後の力を振り絞った。
 しかし、母はそんな声など聞こえていないというように無反応だった。
「おかあさん!」
 もう一度、呼びかける。
 母は、私に視線を向けることもなく通り過ぎていった。
「あきらめな」
 ほくそ笑む兵士たち。
 もう抵抗する気もおこらない。
 私は、悟った。
 お兄ちゃんを失っただけでなく、自分は両親に捨てられたのだ。
 もう、何もかもどうでも良かった。
 車のドアが開く。
「乗れ」
 これから、兵士たちに何をされてもいいと思った。
 次の瞬間だ。
「なんだ、お前は!?」
 いつの間にか、青年が近くに迫っていた。
 中肉中背にワイシャツと黒ズボン『THE 東アジアの島国のサラリーマン』、そんな服装だ・
 だが、どこか、共和国人とは異なる雰囲気を感じさせる。
 外国人の血が混じっているのか、混じっていなくても長く外国で暮らしていたのではないかと思わせる。
 と言っても、見た目は、気弱な優男という感じだ――上司に怒られて、ペコペコ頭を下げている感じの。
 あんな状況なのに、その人のことを冷静に見ることのできていた自分が不思議だ。
 でも、体の自由が戻って来ると、何とも言えない感情が押し寄せてきた。
 青年が、兵士たちと戦っているような気がした。
 が、私は走り出していた。
 自分の部屋へと駆け上がり、カバンに荷物をつめ込んだ。
 階段をかけ下り、玄関を出る。
 父は、私の姿を一瞥したが、何も言わなかった。
 本当の本当に、捨てられたのだと思い知らされる。
 道に出た後は、とにかく夢中で走っていた。

   §

 城岩駅の待合室。
 荷物を抱えた私は、呆然としていた。
 家には戻れない、戻りたくもない。
 しかし、所持金はほぼ0円だった。
 どこへも行けないし、なにも買えない。
 ため息をついた。
「こんなところで、何をやってるの?」
 声の主を見上げる。パリッとした背広に身を包んだエリートサラリーマン。
 一瞬、誰かと思ったが、少し考えて、さきほどの青年だと気づいた。
「君を助けるために、兵士を倒したからね。変装くらいしておかないとね。それにしても、逃げることないだろう」
 不満そうに言った。
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、別に怒ってないけどね。俺は、太田晃。さっきのことで分かってもらえたと思うけど、彼らと戦おうっていう無茶なヤツさ。信じてもらえるかは分からないけど、地球を1/4周くらいして、君を助けに来たんだぜ」
 晃は笑った。どうやら、長く外国に住んでいたのではないかと感じたのは間違いではなかったようだ。
「それと、コイツは」
 そこで初めて、彼の隣に長身の女性が立っていることに気づく。
 セミロングの美しい髪をしているが、それ以外は買い物帰りの主婦といった感じで、兵士たちと戦っているようには見えなかった――まぁ、これも変装なんだろうけど。
「俺たちの仲間で、アイシャだ」
「よろしくね」
 アイシャが、ほほ笑みかけてくれた。
「それで、君はどうしたいの? どうしたくてここにいるの?」
 晃の問い。改めて聞かれると、自分でもよくわからなかった。
 それでも、漠然とだけれど1つの想いがあった――それをそのまま口にした。
「『プログラム』なんてする。お兄ちゃんたちを殺したこの国を、まともな国にしたいです」
 叔父さんとお兄ちゃんも、そう考えていたのだろう。その志を継ぎたいと思った。
「そうか。なら、俺たちと同じだね。一緒に来る?」
 知らない人に付いて行ってはいけません。
 小学校の授業で、嫌というほど教えられてきた言葉。
 言葉たくみな誘拐かもしれない。
 でも、この人たちなら信じられる気がした。
 だから、
「はい」
 そう答えた。

   §

 長野県丘野市。
 2人に導かれた私は『慈恵園』という表札のかかった建物へと到着した。
 呼び鈴を鳴らすと、責任者だという若い男女が出迎えてくれた。
 道中で、2人とも『プログラム』で家族を亡くしていて、それで協力してくれているのだと聞いていた。
 今すぐにでも、戦いたかった。しかし、小学6年生の私の力不足は明らかだった。
「まずは、学校できちんと勉強して、もっと大人になったら組織の力になって欲しい」
 その時の私は、晃の言葉に従う他なかった。

 志を継ぐ決意をした彼女だったが、心には深い闇が広がっていた。



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