ホタルの生態
1.ホタルのなかま(節足動物門昆虫綱鞘翅目)
 ホタルのなかまは、世界で約2000種類が知られていて、日本ではこのうち47種類がすんでいます。このほかにまだ名 前がつけられていない種が数種類いるそうです。愛知県下では、7種類のホタル(ゲンジボタル、へイケボタル、ヒメボタ ル、ムネクリイロボタル、クロマドボタル、オバボタル、オオオバボタル)がいるといわれています。このなかでよく知られ ているのは、ゲンジボタル、へイケボタル、ヒメボタルの三種類です。幼虫時代を水中ですごすホタルは世界的にもめ ずらしく、日本ではゲンジボタルクメジマボタルへイケボタルの3種類だけで、その他のホタル類の幼虫は、ほぼす べて陸上で生活しています。
 さらに、ホタルのことをくわしく知りたい方は参考図書をみてください。

2. ホタルのなかまの遺伝的多様性と放流・移植の原則
 すこしむずかしいお話ですが、日本のホタルのなかまは、遺伝的な面からみると、必ずしも同じではなくて、すんでい る地域によって、いくつかのグループに分けられるそうです。
 ゲンジボタルは、発光間隔(気温のちがいで少し変化します)の違うタイプがいることが経験的に知られていました。以 前には日本の中央部にある糸魚川-静岡構造線付近を境に、東側に発光間隔4秒型が、西側に2秒型がいるとされて きましたが、最近になってその境目あたりに3秒型がいることも見つけられました。さらに詳しく調べると、4秒型と2秒 型の境界線は糸魚川-静岡構造線ではなく、それより東の関東山地付近にあって、3秒型は、関東山地の西側に沿っ て南北方向に帯状に分布していることがわかってきました。ただし、ホタル類の発光間隔は、気温が高いと短くなってし まうので、地域間のちがいを正確に比べようとすれば、同じ気温(20℃が提案されています)で発光間隔を計測する必要 があります。結論が出るのはまだまだ先のようです。
 また、最近のミトコンドリアDNAを用いた遺伝学的な研究によると、日本国内のゲンジボタルは、発光間隔の違いより も多い、4つあるいは6つのグループに区別できるそうです。愛知県内のゲンジボタルは、西日本のグループ(九州地方 は別グループ)に含まれるそうです。このうち東三河地方には、中部グループとして区別できるホタルもいるとの意見も あります。
 へイケボタルは、遺伝的に4つのグループに区別できるそうです。愛知県内のへイケボタルは、関東地方のものとは 違っていて、西日本グループ(四国地方は調査不十分)に含まれるそうです。
  ヒメボタルは、おす成虫の大きさが違う2つのタイプがいて、遺伝的にも違いがあるともいわれています。大きいもの は、体長が約10mmで発光間隔が約1秒で、一方、小さいものは、体長が約6mmで発光間隔が約0.5秒という違いがあ るそうです。愛知県内のヒメボタル(名古屋城・香流川・岡崎市など)は、大きいほうのタイプに入るようです。ただし、発 光間隔のデータには、ゲンジボタル同様の問題がありそうです。
 このように、最近の研究から、日本各地のホタルは、同じ種類でも遺伝的な違いをもっているということがわかってき ました。善意であっても、いろいろな産地のホタル取り寄せたり、配ったりすると、遺伝子のレベルで混ざり合ってしまっ て、極端な場合、絶滅してしまうことにもなりかねません。取り返しのつかないことになってはいけませんので、成虫や 幼虫の放流や移植には十分な注意が必要です。関東地方のいくつかの産地で、ゲンジボタルのDNAを調べたところ、 本来の分布域ではない西日本のホタルが地元のホタルに混じって発生している場所が実際にあったとの報告がありま す。そこで、全国ホタル研究会では、移植の三原則として、
 1) 本来ホタルが生息していないところには移植しないこと
 2) 地元のホタルの保護を大前提とし、他の地域からのホタルを移植しないこと
 3) 過去にホタルがすんでいたが絶滅した場合、もっとも近い水系から移植すること
 が提案されています。愛知ホタルの会も、この提案に賛成したいと思います。
  なお、.平成19年6月30日付けで全国ホタル研究会から「ホタル類等,生物集団の新規・追加移植および環境改変に 関する.指針」が正 式に公表されました。陸生ホタルについては、適用しづらい表現があること、また、実際に活用する には問題が生じる可能性があることを認識しつつも、.ホタル類等の生き物の無秩序な放流が行われている現状を懸 念して、前記の指針が公表されました。以下に引用します。

ホタル類等, 生物集団の新規・追加移植および環境改変に関する指針
                                            2007年6月30日 全国ホタ ル研究会
1.はじめに
  さまざまな生き物が暮らす環境は,人の暮らしにも望ましいとの認識が定着している。このような世情の中,多くの種 類の動植物の移植等が一層安易に行われている場合が少なくない。うち,生態系等に危害を及ぼす可能性の大きな 外来生物に関しては,その移入・拡散を防止するために「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法 律」が平成16年に公布・施行されている。しかしながら,この外来生物法の枠組み以外の生物に関しては,生態系や地 域の当該生物の遺伝子の構成等にどのような影響が及ぼされるか,あるいは移植等の事後にどのようなことが生じる 恐れがあるのか,などの問題点が検討されないまま,環境教育あるいは環境保全等の名目により,生物移植が行わ れている事例も少なくない。このため本会においては,健全な環境および遺伝子集団の保全を担う立場から,少なくと もホタル類に関連する事項について,生物集団の新規・追加移植および環境改変に関する指針を定めるものである。

2.本指針の対象
 ホタル類,およびカワニナ等のホタル類の餌となる生物類,ならびにそれら生物の生息場所

3.本指針における具体的方針
3−1.ホタル類およびその餌生物等に関する事項
ホタル類等の移植は,極力これを行わない。

〔解説〕 ホタル類の幼虫は肉食性であり,生態系の食物連鎖こおける上位種であることから,餌生物群を激減させる など,対象地域の
生物群集の組成等に大きな影響を与える可能性がある。また,各生物の食性にかかわらず,生物集団の移植は対象 地域の生物群集
の組成等に影響を与える可能性がある。さらに,異質な集団の移植により対象地域の集団の遺伝組成に重篤な影響 を与える可能性が
ある。
ホタル類およびその餌生物等の移植を行う場合は,下記の点を厳守し,移植計画を公表した上で 実施し,
事後の経過を公表する。なお移植は,移植後に自然定着することを前提とし,移植を行った後は少 なくとも2年間は別途移植を行わずに経過を精査すべきである。
追加移植の場合(当該種がある程度生息している場所へ新たな一群を加える場合),
1) 移植する生物集団は,対象地域における当該種の既存集団より増殖したものを用いる。
2) 対象地域における当該種の既存集団,および他の各種生物群に関する生態情報を収集し,とくに対象地域におけ る当該種の適正個体数あるいは環境容量(当該種が住み得る最大個体数)を検討し,追加移植計画を立案する。
3) 追加移植の後,当該種および他の各種生物群の個体数の動向をモニタリングする。

〔解説〕 当該種が生息する場所へ新たな集団を加える場合,まず既存集団の遭伝的特性を保全するために,外部か らの異質な遺伝集団の混入を避けなければならない。さらに,追加移植により餌や生息場所の不足が生じる可能性が ある点も考慮しなければならない。
なお.移植計画とは,いつ,どのような質・量の集団を,どこへ,どのような理由から,どのようになるとの予想のもと に,誰の責任において移植し,その後どのようなモニタリングを行う予定なのかを明記するものである。
 また,事前あるいは事後のモニタリングにおいては,当核種の個体数が降雨・気温等の気象条件に大きく左右される ばかりでなく,餌との量的関係(食う−食われる関係)などの要因にも起因することを考慮しておかねばならない。

● 新規移植を行う場合(当該種が生息していない場所へ新たな一群を移植する場合),
1)移植する生物種は,下記の順番にて得た集団より増殖したものを用い,移植場所に移植群の由来を明示する。
  (1)対象地域と当該種の繁殖交流が可能な範囲より採取したもの 【強く推奨】
  (2) 対象地域のごく近隣より採取したもの 【推奨】
 (3) 対象地域と同じ水系(流域)内より採取したもの
  (4) 対象地域と異なる水系(流域)より採取したもの 【非推奨】
2) 対象地域における各種生物群に関する生態情報を収集し,対象地域における当核種の生息環境,適正個体数あ るいは環境容量(当該種が住み得る最大個体数)を検討し,新規移植計画を立案する。
3)新規移植の後,当該種および他の各種生物群の個体数の動向をモニタリングする。

【解説〕 当該種が生息していない場合,その場所の環境が当核種の生息に適していない可能性が高く,まずはこの点 の改善を行うべきである(下記「ホタル類等の生息環境改変に関する事項」を参照)。
 また,追加移植,新規移植かかわらず,カワニナ類等,外見上極似した近似種が多数いる場合は,種の確認を正確 に行わなければならない。

試験的移植ついて
  事前調査が充分に行えない場合,あるいは訴査結果が不明瞭であった場合などに,試験的に移植を試みる場合が 考えられるが,その場合においても上記事項を遵守して行うべきである。

3−2.ホタル類等の生息環境改変に関する事項
  ここには上記の生物集団移植以外の事項が含まれる。すなわち,例えば水域においては対象地域の水質を富栄養 化・貧栄養化させたりする場合,樹木や草本などの植生条件を改変する場合(草刈時期の変更なども含む),河川岸 や河床あるいは斜面地などの
形状を改変する場合などである。
  水生生物,陸上生物の場合にかかわらず,環境改変に際しては,対象地域のみならず,その周囲(あるいは上下 流)への影響をも考慮し,広域的に地権や水利権,あるいは地域の各種条令・規制・事業等との整合性について充分 な検討をしておかねばならない。

〔解説】 たとえば,カワニナ類のために野菜屑を河川等に付加することは,その場所と下流側を富栄養化することに つながる。
 また,対象地域の上流側にコイ等を放飼することも,その地域および周辺にさまざまな影響を与える可能性がある。 また,ホタル類にとって良いと考えられる改変は,対象地域のさまざまな環境や他の生物群に影響を及ぼす可能性が あることも考慮しておくべき であり,その改変の趣旨ならびに必要性や影響性について関係者と充分な協議を要す る。

4.補記
  上記の生物集団の移植等軌あくまで健全な環境の保全を目指すために行うためのボランティア活動によるものであ り,有償による生物集団等の授受は本指針の趣旨に反する。
  また,生物集団の移植あるいは環境改変を,環境保全活動あるいは環境教育等の事業の下に行う場合は,上記の 事項について周知を計った上で行うべきである。
  さらに,施設内等において飼育を行う場合も,上記の事項を念頭におき,飼育集団が野外へ散逸しないように周到 な施設整備および管理を行うべきである。
  加えて,過去に経歴不詳の生物集団を移植した場合は,一旦現存の当該種集団の駆除を行った上で,上記の事項 に基づいて再生を目指すことが望まれる。

 附記
  2007年6月16日 全国ホタル研究会総会において承認
  2007年6月28日 全国ホタル研究会役員会において修正案承認

  以上

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